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ピアソラ:タンゴ・センセイションズ/AA 印の悲しみ、他/アルバン・ベルク四重奏団 [EMI]
アストル・ピアソラ:タンゴ・センセイションズ/AA 印の悲しみ
エドゥアルド・アローラス:エル・マルネ
フアン・カルロス・コビアン:私の隠れ家
フリオ・デ・カロ:ラ・ラジュエラ(石蹴り遊び)
クルト・シュヴェルツィク:アデュー・サティ
アロイス・ポッシュ (ベース)
アルバン・ベルク四重奏団
EMI 7243 5 57778 2 9
アルバン・ベルク Q. にしては大変珍しいピアソラを中心としたタンゴ・アルバムです。ABQ が演奏しているのはピアソラの 2 曲と、1935 年生まれのウィーンの作曲家クルト・シュヴェルツィクの《アデュー・サティ》。中 3 曲はグロルヴィゲンのバンドネオン・ソロという構成なので、"グロルヴィゲン featuring ABQ" といった趣のコンサート・ライヴといった方が適切かも。音楽的には弦楽四重奏よりバンドネオンの方がメインなわけで、"ABQ のピアソラ" を目当てにして購入するとちょっと当てが外れます。どうせならクロノス Q. がピアソラに委嘱した純粋な弦楽四重奏作品《タンゴのための 4 人》も録音してくれれば良かったのに。
《タンゴ・センセイションズ》は1990 年クロノス Q. より委嘱された弦楽四重奏とバンドネオンのための作品で、ピアソラ最後のスタジオ録音曲としてクロノス Q. との録音も残されています。しかし実のところこの作品は、1983 年に書かれた《7 つのシークエンス》という弦楽四重奏とバンドネオンのための組曲から 5 曲を選び、タイトルを変更しただけのものでした。また、正確に言うとこの曲のタイトルは《ファイヴ・タンゴ・センセイションズ》であり、「眠り・愛・不安・目覚め・恐怖」の 5 曲からなるものですが、この ABQ のアルバムでは「愛」が省略されており、座りの良い 4 楽章構成の作品となっています。
クロノスとの録音は聴いたことがありませんが、《7 つのシークエンス》の自演盤と比較しますと、まず全般的にバンドネオンの弱さを感じます。ピアソラはビブラートを深くかけ、ひとつひとつの音に切れがあり、わりと朴訥 (ぼくとつ) とした音なのですが、それが言葉のように語りかけてくるフレージングと相まって魅力的な演奏を作るのです。グロルヴィゲンのバンドネオンはいまいちシャープさに欠き、音は綺麗ですがアコーディオンを聴いているみたい。ソロの部分は良いのですが、アンサンブルの中に入ると楽譜通りの演奏っぽくなりフレーズに力を感じません。バンドネオンが曲を引っ張っていかなくてはならない部分で音楽が停滞することがあり、聴いている私もついつい他のことを考えてしまっています。ま、これはピアソラと比較してしまうのが悪いのでしょう。しかし弦の方は《7 つのシークエンス》でのミュンヘンのグルンケ管弦楽団からのメンバーとは比べものにならない積極的な演奏で、日本人がウィンナー・ワルツをしているような「ちょっとはまってないなぁ」的な部分は無きにしもあらずですが、それでも ABQ の活躍でこの曲の演奏としては充分おつりが来るものになっています。
次に続く 3 曲のバンドネオン・ソロはどれもピアソラの先輩格にあたる人たちの作品で、ピアソラ自身もソロでこれらの曲を録音しています。中でも『私の隠れ家』はピアソラの代表的なアルバムに収録されているので馴染みの深い作品。ピアソラのひとり滔々(とうとう) と自分の楽しみのために弾いているような録音とは違い、グロルヴィゲンの演奏はコンサートというフォーマルな装いをまとった洗練された演奏といったところ。それぞれ 3 分程度の短い曲です。
《アデュー・サティ》はウィーンの作曲家クルト・シュヴェルツィクの作品で、このアルバムに収録されているタンゴ・コンサートのために ABQ より委嘱されました。"サティ" とはもちろんエリック・サティのことです。全 5 曲で「パレード、休日のダリウス、雄鶏とアルルカン、ジムノペディ、アクロバティックな道化」("ダリウス" とはミヨーのことか、「雄鶏とアルルカン」はコクトーの出した評論集)、とサティに関連のあるタイトルが付いています。Boosey & Hawkes のサイトに「作曲者のノート」というこの曲に寄せた詩が掲載されていますので、興味がある方は検索してみて下さい。
タンゴの語法を使いながらもサティ的な音楽が展開されており、バンドネオンがこれまたサティ的な楽器のように聞こえます。また「雄鶏とアルルカン」ではアルルカンが意味するドイツ・ロマン派やロシア風な音楽が顔を出しますし (R. シュトラウスの「ティル~」が聞き取れるような)、私はミヨーの作品には詳しくないですが、「休日のダリウス」にはミヨーの作品も出てきているかもしれません。「ジムノペディ」は明らかにそういう始まり方をしますし、サティが好きな方にはビシバシくる曲ではないでしょうか。ピアソラの曲はどうしてもバンドネオンが主体となってしまいますが、この曲は弦楽四重奏とバンドネオンのバランスが良く、弦楽器も大活躍しかなり面白く聴けます。
最後の曲、《AA 印の悲しみ》は言わずと知れたピアソラの代表曲。AA 印とはドイツのバンドネオン・メーカー、アルフレド・アーノルド社の商標のことで、ここでいう「AA 印」とは、まあ "バンドネオン" と同義と思って良いでしょう。もともとは 7 分程度の曲でしたが、後の五重奏団では即興演奏を大きく取り入れた曲へと変貌。ピアソラの即興による長~いソロで始まり、ある決めのフレーズから合奏へと繋がりますが、また全員即興演奏状態に入ったりまた曲に戻ったりと、その時の気分や精神状態で曲の長さも曲の出来も変わってくるという、タンゴというよりはジャズのインプロヴィゼーション感覚を取り入れた、クラシックの人から見るととんでもない内容の曲です。
この CD での演奏は、そういう "お約束" を踏襲して、まずグロルヴィゲンの長いソロで始まります。ピアソラの即興ソロとは違い音楽の流れがきっちりとしてドラマチックですし、旋律もしっかりしているので、即興では無さそう。弦楽四重奏+コントラバスが入ってくるとコード進行から AA 印っぽくなってきます。背景の弦楽四重奏が良い雰囲気を出していく中、バンドネオンは即興ぽい動きを始めます。コントラバスが入ることでリズムに締まりがでて、動きが活き活きしています。やはりベースは重要です。基本的に弦楽器は楽譜通りの演奏をしているようですが、後半部分はなにやら即興演奏をしているような雰囲気に (^^;。ピアソラの《AA 印》は後半に向けリズムも活発になっていき、最後は興奮のるつぼと化して終わるのですが、ABQ 版では中間部やや盛り上がるものの、再び最初のどろーんとした雰囲気に戻って終わります。ちょっとこの辺の構成は...、盛り上がって終わって欲しかった。ピアソラと比べると音楽のバリエーションが乏しいので平板ですが、雰囲気は嫌いじゃありません。
録音は 2003 年 5 月、ウィーン、コンツェルトハウス・モーツァルトザールでのライヴ収録。音はかなり綺麗です。室内楽的で密度感や解像度も申し分なく、残響は少ないのですが、程良い大きさのホールが充分に鳴っている臨場感があります。拍手も入っていて、目を瞑るとその場に居るよう。
このコラムを書くためにピアソラの録音も聴き直してみましたが、やはり本家本元の演奏は凄まじいです。86 年のウィーン・コンツェルトハウスでの《AA 印》など、ピアソラの即興は実に多彩ですし、メンバーとの絡みも作ろうとしてもまず作れないほど複雑で高度でスリリング、いつ聴いても圧倒されます。これと同じことを他のフォーマットでやろうとしてもまず無理。ピアソラのエッセンスを生かしつつ新しいものを作り出すことが「ピアソラ以降」の演奏家の課題となるでしょうが、そういう点ではこの ABQ の試みは、新曲も取り入れた意欲的なものとして評価できるでしょう。しかしバンドネオンがアンサンブルに加わった段階で、ピアソラと同じ土俵に乗ってしまうので、その辺が辛いところ。「ピアソラの曲はピアソラで聴かなきゃ」という結論に達してしまいます。私としては《アデュー・サティ》が一番面白かった。ピアソラの呪縛から逃れるのはたやすくなさそうです。
2004年6月24日 00:11
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