« ショスタコーヴィチ:《アイネ・クライネ・シンフォニー》 | カバーページ | ブルックナー:交響曲第 5 番/ティーレマン [DG] »
祝再発売! ショスタコーヴィチ:室内交響曲集/バルシャイ
室内交響曲 op. 110a、弦楽のための交響曲 op. 118a
弦と木管のための交響曲 op. 73a、室内交響曲 op. 83a
ショスタコーヴィチ/デレヴィアンコ編: 交響曲第 15 番 op.141bis (室内楽版)
シュニトケ: ドミトリー・ショスタコーヴィチ追悼のための前奏曲
ルドルフ・バルシャイ指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団 (室内交響曲)
ギドン・クレーメル(Vn)、クレメンス・ハーゲン(Vc)、クレメラータ・ムジカ
429 229-2, 435 386-2, 449 966-2 [DG]
今ではショスタコーヴィチの作品としてすっかり定着し、演奏頻度や録音の数も多い《室内交響曲》ですが、肝心のバルシャイによる演奏が長らく廃盤となっておりました。もとい、水戸室内管との CD (SONY) がありますが (これも廃盤?)、DG から出ていたヨーロッパ室内管との演奏と比べるとぬるま湯すぎて、いまいち食い足りない演奏。DG 盤の復活が待ち望まれていたのです (私は持っているから別に良いのですが… ^^;)。
DG による《室内交響曲》は 2 枚/4 曲がリリースされていたのですが、今回 DG 2CD シリーズという廉価盤で 1 セットにまとめて再発売されることになりました。さらにおまけ(笑)として、クレーメル/クレメラータ・ムジカによる交響曲第 15 番の室内楽編曲版もカップリングされます。これで値段が約 2,000 円。持っていない人は買うしかないでしょう。
室内交響曲編曲の背景や作品の解説は以前バルシャイ/水戸室内管のレビューに書きましたので、今回は割愛します。
さてまずはバルシャイ編《室内交響曲》といえば第 8 弦楽四重奏曲の編曲である op. 110a。基本的に弦楽四重奏のスコアにコントラバスを付け加え、ソロで弾く部分の指示を付け加えた程度のシンプルな編曲ですが、音の厚みとレンジの広がりが曲想をよりダイナミックなものとし、原曲を越えたとも言える作品に仕上がっています。ヨーロッパ室内管の分厚くしかもクリアな響き、特にはっきりした音程で存在感のあるコントラバスが、バルシャイの編曲の方向をさらに支持し、実に効果的です。
第 1 楽章コラールは安定しており、それが静かな不安感を煽ります。第 2 楽章の暴力性は優等生的で、暴れまくる感じやスピード感はありませんが、がっしりとしたテンポの中、音塊がぶつかり合う肉弾戦としての圧倒的なパワーは迫力あります。第 3 楽章は、2 楽章の余韻の中での調子の狂ったワルツという感じで、2 楽章とセットになったような解釈の演奏。4 楽章の "ノック" は重く激しく効果的。間にある旋律はこの曲の中で最もヒューマニスティックな瞬間ですが、四重奏と同等とはいきませんが、なかなか陰影の深い演奏です。終楽章のフーガも静謐な感じが良く出ており、素晴らしい演奏です。
第 10 弦楽四重奏曲の編曲である op. 118a も編曲の方向性は 110a と同様。曲調が第 8 番と似ているので、第 8 番同様弦楽合奏化の効果が高い曲です。110a で開眼した人には「こんな曲をもっと聴きたい」という欲求を上手く満たしてくれるでしょう。第 1 楽章はちょっとまったりした演奏ですが「長閑なんだけど不安」という感じは良く出ています。第 2 楽章は秀逸。これもバーバリスティックで音がぶつかり合う暴力的な曲ですが、鳴りの良い絃で迫力満点。第 3 楽章のパッサカリアは、パッサカリア主題は良いのですが上声のヴァイオリンが画一的で味わいに欠けるかも。終楽章はまず編曲が巧い。ソロと合奏の配分が絶妙です。演奏も機械的な無表情さからどんどんとこみ上げてくる感情的な表現が見事で、思わず息を呑む鮮烈な表現が素晴らしいです。

《弦と木管のための交響曲》op. 73a は第 3 弦楽四重奏曲の編曲。タイトル通り木管(とハープとチェレスタ)も使っていますが、木管をどの程度使うか苦慮したあとが伺える編曲です。木管の使い方は上手いとは思いますが、特に必要とは思えません。演奏としては、まずテンポにもうちょっとメリハリが欲しいところ。全体的に落ち着いたテンポになっており、この曲の歯切れの良さと若々しさがあまり出ていません。op. 110a. 118a と聴き継いでくると、演奏内容がパターン化しているのが判り、目新しさが感じられなくなってきます。個々の音への配慮や表現は素晴らしいので、兎に角テンポ感に変化が欲しいその一点です。
第 4 弦楽四重奏曲の編曲である op. 83a は、弦と木管にさらにトランペット・ホルン・打楽器を加えた編成。弦と木管だけだとかえって木管の使い方が難しいですが、金管と打楽器まで入れてしまえばもう別物として再構築できます。金管と打楽器は後半楽章で活躍するので、前半 2 楽章は違和感のない出来ですが、後半 2 楽章はまったくの別物として楽しむべき作品に仕上がっています。終楽章はちとやりすぎで、シニカルな灰汁が蒸留されてしまい、部分的には悪趣味とも思えるオーケストレーションになっています。こういう編曲はペンの置き所が難しい。
第 1 楽章は、曲想的にも弦楽アンサンブルにマッチしているため四重奏より良い雰囲気を出した演奏になっています。第 2 楽章は弦楽器の伴奏の中、木管が主題を綴っていくという趣向の編曲です。弦楽器の盛り上がりは真に迫るものがありますが、木管のソロは平凡な演奏と思います。第 3 楽章はバルシャイらしい「落ち着いたスケルツォ」演奏で、テンポの点で物足りない。終楽章は四重奏の大曲的な多彩さを楽器法で表現してしまったために、演奏自体の多彩さは薄れてますが、第 8 交響曲の終楽章に繋がるものを見せてくれたということで、価値ある演奏でしょう。

さて、「おまけ」と書きましたクレメラータ・ムジカの交響曲第 15 番の室内楽版 (op. 141bis) ですが、こちらは編曲がよろしくない。編成はヴァイオリン、チェロ、ピアノ、打楽器なのですが、室内楽ならではという部分がなく、単なる交響曲のダウンサイジング、演奏者には申し訳ないですが、もっと言えば明らかなるダウングレードです。編成からしてピアノの役割が大きくなるのですが、オールマイティープレーヤーであるピアノに任せてしまわないで、もっと弦楽器を活用すべきでしょう。第 3 楽章の主題にポルタメントを入れるなど面白い部分もありますが、総合的に学芸会のコピーバンドのノリと変わりないです。演奏水準につり合わない企画が災いしています。
カップリングにシュニトケの《ディミトリー・ショスタコーヴィチの想い出による前奏曲》というヴァイオリンとテープ (もしくは 2 台のヴァイオリン) による小曲が収められています。
この CD ではクレーメルによる多重録音となっています。案の定 D-Es-C-H のアナグラムによる作品で、そこそこ面白い曲です。
ごちゃごちゃ書きましたが、バルシャイのショスタコーヴィチは表現のパターン化はあるものの《室内交響曲》の規範となるべき演奏であることは確か。ヨーロッパ室内管のパワフルで瑞々しく透明感ある音も、余所じゃなかなか味わえないものです。録音もちょっと濁りはあるものの明るく良く響く優秀録音です。ショスタコーヴィチの《室内交響曲》といったらとにかくこれを聴けと、安心してお薦めできるアルバムです。
録音 1989.3 (opp. 110a, 118a, 73a), 1991.2 (op. 83a), Berlin, Philharmonie, Kammermusiksaal
1995.8 (op. 141bis, SCHNITTKE), Abersee bei St. Gilgen, Kirche St. Konard
2005年2月28日 17:00
この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.0) 投票人数:(393)
« ショスタコーヴィチ:《アイネ・クライネ・シンフォニー》 | カバーページ | ブルックナー:交響曲第 5 番/ティーレマン [DG] »
トラックバック
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。
トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメントがありましたらどうぞ
メールアドレス・URL は必須ではありません。コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。