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バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第 2 番/ブーレーズ/シャハム [DG]
ヴァイオリン協奏曲第 2 番 Sz. 112
ヴァイオリンと管弦楽のための狂詩曲第 1 番 Sz. 87
ヴァイオリンと管弦楽のための狂詩曲第 2 番 Sz. 90
ギル・シャハム(Vn)
ピエール・ブーレーズ指揮/シカゴ交響楽団
DG 459 639-2
今回は「バルトークを書いて下さい」というリクエストがありまして、バルトークは得意分野 (^^; なのでかえって何を書こうか迷っていたのですが、協議の結果《第 2 ヴァイオリン協奏曲》になりました。《オケ・コン》や《中国の不思議な役人》などを期待していたのならごめんなさい。
バルトークの《第 2 ヴァイオリン協奏曲》は1939 年の作曲で、バルトーク晩年の作品。その前後に《コントラスツ》《弦楽のためのディヴェルティメント》などがあり、その数年後に《管弦楽のための協奏曲》や《第 3 ピアノ協奏曲》などの名曲を残す、明るく調性感もはっきりしてきた時代に作られています。ワーグナーやR.シュトラウスの影響を強く感じさせる初期、シェーンベルクやストラヴィンスキー(それと民俗音楽研究)に触発された中期を経てたどり着いた本物の明るさ力強さが、《第 2 ヴァイオリン協奏曲》を含む後期の作品群の基本的な特徴です。曲冒頭のハープによるロ長調のハーモニーからして明るく暖かい光を放っており、その光は曲全体 (2楽章の "夜の音楽" までも) を明るく覆っています。
ヴァイオリニストのゾルターン・セーケイより委嘱されたこの作品。初めバルトークは変奏曲が書きたかったようですが、セーケイの「3 楽章からなる本格的な協奏曲を」という注文を聞き入れ、その御陰で歴代ヴァイオリン協奏曲の名曲と肩を並べる作品となりました。そればかりか、第 1 楽章と第 3 楽章はソナタ形式ながら複数のテーマによる変奏曲のようなものですし、さらに第 3 楽章全体が第 1 楽章の忠実な変奏になっています。そして間に挟まる緩徐楽章は紛れもない変奏曲。元来の変奏曲構想もしっかりと盛り込み、さらにバルトークお得意のシンメトリカルな構成にまとめ上げられているのです。ほかにも十二音や微分音をパロディ的に使っていることや、バルトークを語るには避けられないソノリティの話題など、書きたいことは山ほどありますが、このコラムの主旨から外れすぎるのでここではこれ以上深入りしません。
名曲なだけに名演奏も多いのですが、私が聴いた中ではシャハム/ブーレーズの演奏が良かったです。全体的雰囲気としてフランス風エスプリを感じる演奏ですが(あまり土臭くないのね)、この曲には悪くない雰囲気と思います。まず、第 1 楽章の第 1 主題 (ソロ Vn) の 4 小節目(冒頭から 9 小節目の 4 拍目)にある、節の区切りになる短く鋭い上行音型(譜例の −)を、かなり民謡的に鋭く強調して演奏しています。今まで聴いたことのある演奏では、ここの部分は逃げ腰の表現ばかり。この音形が西洋音楽的なメロディーからは外れた動きだからなんでしょうね。シャハムはそれを、ハンガリー風(?)の気性の荒い装飾音のように表現しています。これを聴いてようやくこの上行音型の意味がわかった気がしました。それでこの演奏が好きになりました。(アイザック・スターンも同じ感じで弾いています。)
![]() あんまり意味無い譜例なので、ついでに第 3 楽章での変奏の例を示しました。同じ音をそのままなぞっていることが判るでしょう。 |
ブーレーズの曲の構成も巧くいっています。特に、一楽章の途中に金管のファンファーレによって楽章最大のヤマ場を構成する部分があるのですが、ダイナミクスを押さえた演奏がけっこう多いのです。しかしここの部分、シカゴ響の金管の威力を思いっきり見せつけていて非常に気持ちがいい。ダイナミクスの幅が広がることで、この曲の大部分を占める繊細な音響も生きてきます。シャハムのヴァイオリンも危なげなところが全然無く、複雑な重音も見事にこなしています。民謡的な節回しもうまいです。鳴りが太く、かなり外向的なヴァイオリンなのでその辺賛否あるかもしれませんが、私はこういう松ヤニが飛び散りそうな演奏好きです。
ところでこの曲、終楽章のコーダが 2 種類ありまして、オリジナルはヴァイオリンの出番の無いコーダでした。このオリジナルのコーダ、トロンボーン 3 本によるリップスラーのアルペジオが掛け合いで大活躍するという前代未聞なオーケストレーションでして、その後に駄目押しでホルンとトランペットがグリッサンドをしまくります。このオリジナル版のコーダによる録音をご存じの方いらっしゃいますでしょうか。どうしても聴いてみたいです。
カップリングの狂詩曲第 1・2 番は、ややマニアックな選曲。どちらも《ヴァイオリン協奏曲》の少し前に書かれた作品ですが、いわゆる大衆受けするように書かれた曲で、バルトーク好きの中でもそんなに重要視されてない作品でしょう。それでも随所にバルトーク的な部分が見られ、《舞踏組曲》や《44 のデュオ》を彷彿とさせる部分があります。ソロ・ヴァイオリン出ずっぱりの超難曲で、オケは伴奏に徹しています。第 1 番ではバルトークの作品では例外的にツィンバロンが使われ、さらにオケの出番が少ないです。そのためかブーレーズのサポートも精彩を欠き、ノリの悪いことこのうえない。シャハム 1 人で頑張っています。この曲については、スターン/バーンスタインの演奏の方が面白く聴けました。
他にも名盤はあるので、いろいろ聴き比べてみると楽しいでしょう。もっとも「バルトークは聴いたこと無い」というのならまず《管弦楽のための協奏曲》から聴いて下さい。ショルティ/シカゴ響の名演がお薦めです。
2002.1.10
これもあんまり意味無いですが、十二音主題と四分音について、簡単に譜例をあげておきます(1 楽章と 3 楽章に於ける変奏)。なお、十二音や四分音は、決してこの作品の本質的な要素ではありません。
![]() 主題に 12 の音を使っているというだけで、十二音技法としては書かれていない。R.シュトラウスは《ツァラトゥストラはかく語りき》で、十二音を不毛なものの象徴として使ったが、バルトークは同じ精神で反対のことを示した。つまりバルトーク流に十二音を消化すれば、調性感のある豊かな旋律も書けるという見本。3 楽章での変奏でははさらに自由度を増していて、後続するオケの伴奏は音列をなぞることすらしなくなる。 |
![]() 1 楽章では四分音はあくまでも効果音的に使われている(矢印が四分音の記号。この小節の cis と es は、全て四分音で奏される。ちなみに四分音とは、半音のさらに半分の音程の事。o は開放弦で弾くという意味)。 3 楽章の変奏では(オクターブ飛ぶので判りにくいかもしれないが) 全音階的なうねりへと拡大されている。この後さらに複雑な形に展開される。 |
2005年6月16日 11:29
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コメント(2)
投稿者 zakkyo : 2006年12月 7日 17:29
はじめまして。
情報ありがとうございます。以前掲示板で
ピンカス・ズッカーマン/レナード・スラトキン指揮/セントルイス交響楽団
が初稿だよと教えて頂き、コーダも聴かせて頂いたことがありました。そのときは、トランペットがメイナード・ファーガソンしている!!と思ったのでした。
しかし意外とオリジナル版での演奏があるものですね。どちらも興味ある組み合わせなので、探してみたいと思います。簡単には見つからなさそうですが。
最近は、渋く、ヴィオラ協奏曲を研究中です。ペーテル・バルトーク編版はなかなか良いです。
投稿者 渡辺純一 : 2006年12月 7日 17:54
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こんにちは、お初にお目にかかります。
オリジナル版のエンディングは見つかりましたでしょうか?
・テツラフ&ギーレン=ロンドンフィル盤(ヴァージン)
・ムローヴァ&サロネン=ロスフィル盤(ソニー)
この2枚はオリジナル版です。
いずれも民族色など微塵も感じさせない、切れ味鋭い演奏で、大変気に入っています。