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ベルリオーズ:幻想交響曲他/ゲルギエフ [PHILIPS]

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ベルリオーズ:
幻想交響曲 op.14a
カンタータ《クレオパトラの死》

ワレリー・ゲルギエフ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
オリガ・ボロディナ(Ms)
PHILIPS B0001095-02

 2003 年 5 月 12-20 日、ウィーン、ムジークフェラインザールにてライヴ収録。

 ウィーン・フィルの《幻想》って聴いたことなかったし、指揮はあのゲルギエフということで、まあ聴いてみるかという感じで購入しました。ゲルギエフは特に好きな指揮者というわけではないですが、なぜか結構買ってしまいます。最近は往年の大指揮者のリマスター・復刻・発掘音源モノが持てはやされていますが、それだけ新しい録音で魅力的な演奏が枯渇しているということで (そもそも録音の絶対数が減っているので)、この状況には嘆かわしいものがありますね。

 さて、このご時世に着実に新譜を発売できるラッキーな指揮者ゲルギエフの最新録音ですが、まず、録音が良くないです。低域が過剰で、全体的にブーミーな音響。狭いスタジオでオンマイクで拾ったような音場感で、ムジークフェラインザールらしい豊かな音響は感じられません。久しぶりにスペアナでも見てみましたが、20〜100 Hz あたりの成分はこれでもかというほど振れるのですが、5kHz 以上のエネルギーは控え目で、中低域偏重型のバランスに思えました。超低音まで入っているということならオーディオ的に面白いのですが、例えば 4 楽章の「断頭台への行進」では、打楽器の強奏により最後の金管のファンファーレに盛大な歪みが発生、音が真っ直ぐ伸びない "ちりめんロングトーン" として収録されてしまうなど、かなり悪影響が出ているようです。ひょっとして SACD との差を出すために、CD ではハイカットしている何て事ないですよね。でなければ、LFE (サブウーハー用低域チャンネル) をそのままミックスして、ローブーストぎみになっているのか。カップリングの《クレオパトラの死》は少し良くなって、メリハリが出て、奥行き感や立体感も幾分感じられる録音になっています。

 演奏はといいますと、中学時代に《幻想》を聴きすぎて食傷してしまっている私の耳にさえ、飽きずに面白く聴かせてくれるものでした。しかしそれは裏を返せば、あまり《幻想》っぽくないということです。剛毛で脂ぎっていて自信たっぷりなベルリオーズ。ベタな表現ですが「ロシア風な《幻想》」なのです。特に 3 楽章の中間部など、弦楽器のアゴーギクや木管楽器のキャラクターなどまるでチャイコフスキーのバレエ音楽を聴いているようです。2 楽章の後半も華やかすぎで、「花のワルツ」みたいです。《幻想》のもつ気高く妖霊で幾分淫靡な雰囲気は微塵も感じられません。

 《幻想交響曲》というと、最初から最後まで鼻歌で歌い通せるほど旋律が綿々と続き、またそれだけ旋律が重要な曲ですが、ゲルギエフはその旋律を際立たせることよりも、内声部の質感を充実させることに重点を置いているようです。旋律も、自ら旋律としての役割を果たすより、交響曲の主題らしく、リズムやアゴーギクを効かせて、曲の要素の一部となり果てています。《幻想交響曲》が《幻想》交響曲になっている訳です。まあこの作品は対位法的に主題が重層的に絡み合うということは少ないので、本当に交響曲のようになったりはしないのですが、それでも複数の要素が織りなす様を楽しむという程度には交響的です。旋律という横の線が弱まったことで、リズムという縦の線をことさら強調し、テンポもかなりいじって、音楽の躍動感を煽っています。この辺はゲルギエフの芸風なので、これが《幻想交響曲》に対するゲルギエフの解釈の現われというよりは、いかに曲を面白く聴かせるかというサービス精神の現われというふうに私は受け止めています。ま、確かに面白いのですがね。2 楽章の第1主題など、あれほど緩急をつけて表現されると、見事としか言いようがありません。ゲルギエフの「ジュワッ」という気合いも聞こえてきますしね。ぶったまげたのは、5 楽章の「怒りの日」のチューバの部分です。突然テンポを落とし、重く、印象深く演奏するのですが、このチューバの感じがキューブリックの「シャイニング」(笑)。狙ったのかどうか知りませんが、背筋がゾクゾクっとしました (映画を知らない人には通じないネタで済みません)。トロンボーンに旋律が移ると元のテンポに戻るのですが、またチューバが出るとテンポが落ちます。しつこい (^^;。

 あくまでも管弦楽曲として楽しむ分には実に面白い演奏なのですが、例えば 3 楽章など情景的なものを喚起するような雰囲気はなく、他の楽章にしても、標題音楽としてのプログラムを積極的に音化して情感に訴えるような演奏ではありません。ま、私は貧乏性なのでそういう演奏も楽しく聴け、充分受け入れられるのですが、《幻想交響曲》になにか感傷的なものを求める方には、物足りなく感じる演奏かも知れません。なお、1, 4 楽章のリピートはしていません。また 2 楽章のコルネットも出てきません。5 楽章の鐘は、ちょっと大きめのカリヨンといった感じてしょうか。昔のように広島の平和の鐘をダビングしたとか、録音会場隣の教会の鐘を演奏に合わせて叩いたとか、そういう変わった鐘を使うようなこともありません。

 カップリングの《クレオパトラの死》は、初めて聴くので細かいことは書けませんが、ライナーノートによると、パリ音楽院時代にローマ大賞を獲るためにせっせとカンタータを書いていたということで、その中のひとつのようです。2 曲からなり、1 曲目は古典的なオペラ・アリアのクライマックスのような音楽で、メゾ・ソプラノの力強くドラマチックな歌唱が素晴らしいです。2 曲目「瞑想」は様相がガラリと変わり、1 曲目はわりと平凡な伴奏をしていたオーケストラが、突如濃密な舞台世界を作り出し、異常な世界観を描出しております。R.シュトラウスの初期オペラやシェーンベルク等に通じるような、ねっとりドロドロしたその音響は、《幻想交響曲》なんか可愛いものだと思わせるほど絶望的で狂っています。ゲルギエフもその強烈なリリシズムを高い集中度とオペラのような劇性でもって表現しており、実に迫力ある音楽を作り出しています。《幻想》以上に "当たり" の演奏でしょう。

 ウィーン・フィルの演奏も、ゲルギエフの千変万化なテンポに実に説得力を持たせるアンサンブルを繰り広げ、素晴らしいです。先回書いたキャプランとの演奏と違い、迷いや慎重さなど微塵もなく、ゲルギエフの思うがままの演奏をしています。しかしこれならウィーン・フィルでなくとも良かったのでは? 録音的にもウィーン・フィルらしい芳醇さ煌びやかさ艶やかさは感じられず、貧粗でガシガシした演奏になっており、弦やティンパニの音色でやっぱりウィーンなんだろうなと思える程度です(オーボエも昔のウィンナー・オーボエほど特徴的な音ではなくなってきましたね)。やっぱ、SACD を買えって事か? (^^;

2002年9月 6日 11:29

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