« マーラー:交響曲第 10 番(バルシャイ版), 5 番/バルシャイ [BRILLIANT] | カバーページ | R. シュトラウス:《ばらの騎士》 (1926 映画音楽版)/ヤノフスキ [Capriccio] »

ショスタコーヴィチ:交響曲第 5, 9 番/ゲルギエフ [PHILIPS]

gergiev_dsch5.jpg

ショスタコーヴィチ:
交響曲第 5 番 op.47
交響曲第 9 番 op.70

ワレリー・ゲルギエフ指揮
キーロフ歌劇場管弦楽団
PHILIPS UCCP-1083/p>

 最近似たようなネタが多いですが、お許し下さい。

 第 5 番は 2002 年 6 月 30 日、フィンランド、ミケッリ・コンサートホール、第 9 番は 2002 年 5 月 18 日、サンクトペテルブルグ、マリインスキー劇場にて、どちらもライブ録音。

 毎回文句を言いながらもつい買ってしまうゲルギエフですが、今度も同じ様なことを書かねばなりません。まず、録音が良くないです。こもり気味で抜けの悪い音。ステレオというよりマルチ・モノラルと言った方がピッタリ来るような音場感で、立体感や奥行き感といったものがあまり感じられず、MIDI のパンポット程度の大味加減になっています。凄ごく長いケーブルでマイクを引き回したような音で、特性が劣化し位相も滅茶苦茶になっているような音です。これなら MP3 で聴いても大して変わらないかも。オンマイクの楽器音が生々しく、音楽的な行間や雰囲気があまり見えない録音。SACD でマルチチャンネルで聴けばまだ良いのか? オーディオ的に凄い録音でなければ駄目と言うわけではありませんが、せめてオケの雰囲気が楽しめる程度の音で聴きたいものです。それでも以前リリースされた《タコ7》や《幻想》や《スキタイ組曲》などよりは明瞭で聴きやすい音にはなっています。

 さて、まずは 5 番ですが、解釈は割とオーソドックスだと思います。記憶にある最良のタコ5演奏を繋げていくとこんな感じになりそうな、必要十分的な解釈。でもそれだけに聴いていて惹きつけるような部分がほとんどありません。悪い部分は無いんだけど、さりとて「おっ」と思える部分、頭でなく耳が(あまり使いたくない言葉ですが、判りやすく言って「心が」) 反応するところが無いのです。ド頭の低弦の叩き付けるような迫力ある始まり方も効果的ではありますが、どうも外面的にしか聴こえず、ゲルギエフ的演奏スタイル以上のものを感じません。頭では、なるほどねと思えるんですが。

 全体的に言っても、彼は自分のスタイルを貫いているだけで、音楽としては強引な印象を受けます。オケもゲルギエフの要求に見事に応えた演奏をしていますが、見事に応えすぎてかなり乱暴な演奏です。ド頭の低弦で言うと、迫力は凄まじいものの音程が無く、一瞬何の曲が始まったのか判りませんでした。よく聴くと全般的なアンサンブルは丁寧で目立った破綻がないので、この乱暴さは要求された結果なのだろうと思いますが、これではストレートすぎてショスタコーヴィチのアイロニーがアイロニーではなくなってしまいます。スケルツォの最後に出てくるオーボエソロのオヤジギャグみたいなベタベタな演出も、アイロニーを越えて、やりすぎに思えます。所々で "効果的" に使っている品のないダーダー吹きも、やりすぎ。まあ、ゲルギエフを聴くという行為は、こういう過剰な演出を期待しているという部分が往々にしてあると思います。しかしながらこれも、そういう過剰な演出の反動として、例えば 3 楽章の美しい部分などが引き立つのであれば、素晴らしく価値が出てくるものでしょう。ところが今回のこの演奏に関しては、一貫して大して芸風が変わらないので、聴き疲れ感が先行するものでした。ステーキも喰いすぎれば気持ち悪くなります。

 ま、こういう部分に目を瞑って 、ステーキの上にビフテキを乗せても全然喰えるという強者にとっては、これはこれで説得力のある演奏です。もうちょっと力を抜いて欲しいと思えるほど、全体を緊張感が支配し、重く暗く激しい音楽になっています。好意的に受け取れば、ショスタコーヴィチがアイロニーで隠したものを、覆いを剥ぎ取り、ストレートにぶつけたような演奏。これだけ力量感のあるタコ5はそうないので、そういう意味では貴重な演奏です。タコ5を映画音楽的な曲だとかおちゃらけた曲だと考えている人には、是非とも聴いていただきたい演奏です。

 次は 9 番ですが、これも悪くはないけれどあまり面白くもない演奏でした。せいぜい特筆するなら、1 楽章のテンポが遅めで、ミリタリーマーチ調の雰囲気を出していて興味深いという程度。しかしチェリビダッケがやるような厳格さまでは到達して無く、微妙にダレ気味です。2 楽章もゲルギエフならではの掘りの深い演奏を期待したのですが、それほどでもなく、3, 4 楽章も見事ですがオーソドックス。5 楽章もオーケストラ的に見せ場が多い曲で、色んな仕掛けが可能ですが、これもサラッと流れて終わり。まあ 9 番でも血ヘド吐くような演奏ではキツイですが、それでもこちらは "やらなさすぎ" の演奏でした。ゲルギエフ、よく判りません。

 9 番はともかく、5 番の演奏は一聴の価値があるものです。ひとによっては「こういう演奏を求めていたんだ〜」と思える可能性は十分あります。9 番も演奏自体はそう悪くはありません。しかし 2 ヶ月早く聴けるからって、高い金を出して国内盤を買うほどではないかも。国内盤は国内でしか持てはやされてないピュア・ゴールド仕様ですが、それが有り難いというほどの音でもありませんし。私も次からは、いつも通り輸入盤を買いたいと思います。

2004.2.26

関連記事を検索: ショスタコーヴィチ

2004年2月26日 11:29

この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.0) 投票人数:(463)

ソーシャルブックマーク:

« マーラー:交響曲第 10 番(バルシャイ版), 5 番/バルシャイ [BRILLIANT] | カバーページ | R. シュトラウス:《ばらの騎士》 (1926 映画音楽版)/ヤノフスキ [Capriccio] »

トラックバック

CAPTCHA
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。

トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメント(0)

コメントがありましたらどうぞ

メールアドレス・URL は必須ではありません。
コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。