« マーラー:交響曲第 7 番/バレンボイム [Warner] | カバーページ | ショスタコーヴィチ:交響曲第 1・14番/ラトル [EMI] »

プロコフィエフ:交響曲全集/ゲルギエフ [Philips]

gergiev_prokofiev.jpg

プロコフィエフ:
交響曲第 1 〜 7 番

ワレリー・ゲルギエフ指揮
ロンドン交響楽団
Philips 475 7655 (4 枚組)

 2007 年 1 月からロンドン交響楽団の主席指揮者に就任するゲルギエフですが、そのコンビによるプロコフィエフの交響曲全集が発売されました。ゲルギエフのプロコフィエフはトレーゼとのピアノ協奏曲全集や《ロメオとジュリエット》《アレキサンドル・ネフスキー》《スキタイ組曲》、それに歌劇など出ており、プロコフィエフに注力している様子でしたが、いきなり全集で交響曲でというのも凄いです。録音も 2004 年の 5 月 1〜8 日の間に全曲が集中的に行われており、LSO での全曲演奏会とのタイアップと思われます。

 CD 4 枚組に 1〜7 番の交響曲と、嬉しいことに第 4 番の初稿版も収録されております。

 さてまず録音ですが、これがかなり良くありません。ライヴ録音の関係もあってか、かなりのオンマイクで、ホールトーンは呆れるほどありません。さらにゲルギエフ特有の中低域重視の録音バランス、しかもスピード感が無くまとわりつく低音なので、かなりブーミーに聞こえます。そしてゲルギエフ本人にまでマイクが付いているんではないかと思えるほど、ギョエ・ジュワ・ホォゥなどという喘ぎノイズが多いのも興ざめ。プロコフィエフでは珍しく(私は初めて聞いた)ヴァイオリンの両翼配置を取っていますが、ステレオ感に乏しい録音のためそれもあまり効果的に聞こえません。「CD 音痴論」じゃありませんが、根音の音程感の無さや倍音の破壊などで、プロコフィエフのオーケストレーションの面白い部分がまるで聴き取れない最悪の録音です。

 演奏の方も、情熱的な指揮ぶりは伺えますが、芸風としては画一的な印象を受けます。全体的にかなり煽っている雰囲気で、テンポも走りぎみに感じられます。じっくり聴かせる場面もありまずか、階調は少ない感じ。曲の行間があまり滲み出てこない演奏ですが、ロンドン響のパワフルで確実な演奏のお陰もあり、総じて安定した高いクオリティの全集となっています。

 第 1 番《古典》。ヴァイオリンの両翼配置が一番効果的に聴こえる曲でした。第 1 楽章は新古典主義的な演奏で、落ち着いてじっくり聴かせてくれるのでなかなか良いです。ゲルギエフは 1 音 1 音のキャラクタ付けを明確に出すので、こういう構造的な演奏は聴き応えあります。第 2 楽章はやや陰影を濃くし、細かいダイナミクスの山を幾つも築いていきます。モダンな印象よりロマンティックな演奏になってきています。後半で落ち着いたテンポに堪えられなくなって急に早くなりますが、偶発的なものであまり狙ってやった感じには聴こえません。第 4 楽章はかなり早めの演奏で、疾走感や爽快感が出そうなものですが、なぜかハンマー投げを早回しで見ているような無理矢理感が漂っています。このテンポではフルート族たいへん。しかしロンドン響の合奏力は素晴らしい。

 第 2 番。2 楽章形式で、第 1 楽章は前衛的で堅い音楽。常にやかましくて mf 以下になることがほとんど無い爆音世界。ゲルギエフ向きの曲だろうと何となく想像していましたが、大雑把な解釈のためロンドン響の頑張りの割りには報われていません。鳴らし方は巧いですが全部を聴かせようとするあまり重心の持って行き所が狂っており、方向感覚が無く漠然としすぎています。第 2 楽章は変奏曲。作品は打ってかわって牧歌的な様相を呈します。作品自体にメリハリがあるのでゲルギエフの演奏も良い感じになっています。第一変奏は Listesso tempo で、「テーマ」と同じテンポの指定ですが、倍早いテンポになっていてびっくり。お陰で変奏された主題が知覚されやすくなっていますが、これで良いのかしらん。その問題を抜きにすれば、ロンドン響の名妓が堪能できる良演であります。しかし肝心な第 4 変奏 Larghetto のゲルギーの喘ぎ声のうるさいこと。音楽に集中出来ません。それと、第 6 変奏でマラ2風 Tutti マーチへ向かうまでの強迫感などがもうちょっとありましたら、それこそ最高の演奏になったかもしれません。

 第 3 番は、マーラーの 6 番のような破滅的ヒロイックさのある曲で、個人的にプロコフィエフの交響曲のなかで最も好きな曲です。演奏から伺えるゲルギエフのテンションの高さも相当なもので、聞き手にも異常なまでの集中力を強います。そして、あまりにも気合いが入るものだから走る走る。演奏の限界を超えてると思えるほどですが、ロンドン響も良く付いて行けたなと感心します。顕著に走るのは第 1 楽章ですが、私のリファレンスであるムーティ盤は 13'46"、ゲルギエフは 11'32" と約 20% 程度早くなっています。特に展開部からが猛烈な煽りで、ハラハラします。はっきり言って演奏内容が凄いのか、演奏者的な耳でスピードにどきどきしてしまっているのか判らない。この曲の本当の面白さではないと思いますが、これはこれで記憶に焼き付く演奏です。後続の楽章も早い演奏ですが、こちらは落ち着いて聴けないというほどではありません。作品的に、第 4 楽章はオケが鳴りまくるだけでそれまでの楽章に匹敵するドラマ性に乏しい楽章なのですが、ゲルギエフはうるさい部分は猛スピードで駆け抜け、中間部の静かな部分を際だたせており、3 部構成として巧いバランスを作り出しており、この解釈はなかなかいけると思います。

 第 4 番の [初稿版] は端正で古典的なフォルムの交響曲です。古典的と言っても第 1 交響曲ほどカリカチュア化されてはおらずロマン性をかなり湛えていますが、ロマン派のイディオムで解釈しようとすると、途端に現実味がなくなってしまう曲でしょう。ゲルギエフの演奏は 2 番 3 番と比べれば滅私奉公ともいえる内容で、かえってそれが良い具合の距離感で、きびきびとした演奏になっております。第 1 楽章では、改訂版では完全に作り替えられてしまった展開部が (あまり展開部としては機能していない音楽ですが) 迫力の演奏で面白いです。

 4 番の[改訂版] の方は、初稿を全体的に水増しした作品で、スコアの厚みでは 2 倍強、演奏時間では 1.5 倍ほどになっていますが、基本的な構造自体は変更されていません。序奏部分が新たに追加され、初稿での序奏が経過句のような扱いになっていたり、第 1 楽章の展開部や第 4 楽章の第 2 主題部など完全に作り替えられたり、細かい部分の繋ぎの楽節が追加されたりで、印象は随分と変わっています。またピアノとハープの追加も大きな違いとなっています。初稿版はブロック的な構造で古典的な作風でしたが、改訂版はより中間色を配したロマン的な作品に生まれ変わったと言えるでしょう。

 私の知る限り第 4 番の初稿版を含む交響曲全集はロストロポーヴィチ盤とヤルヴィ盤があります。しかしロストロポーヴィチ盤は初稿版は良いけど改訂版はいまいち、ヤルヴィ盤はその逆と、初稿版と改訂版の両方が良い演奏はなかなかなかったのですが、ゲルギエフは初稿版と同様のアプローチで素晴らしい演奏になっています。感情に溺れすぎず適度な距離感を保った純交響的アプローチで、ロマン派的に大風呂敷を広げなかったのが良かったように思えます。第 1 楽章の導入部など、作り込もうと思えばもっと色々出来そうですが、割とかっちりと一気に描いたようになっており、その辺でもう演奏のカラーが決まっています。第 1 主題の切っ掛けの部分をトランペットにも吹かせているのは(再現部がはっきり聞こえる)、初稿版からきたアイディアでしょうか。結構効果あります。第 2 楽章は、3'20 からのクラリネット・ソロでまともな演奏を聴いたことがなかったのですが、上手くいっています。途中凡庸な演奏になる部分もありますが、最後の盛り上がりは流石。第 3 楽章はキャラクタの立て方がはっきりしており、面白く聴けます。第 4 楽章はなかなかけったいな曲ですが、ゲルギエフが振ってもそれは変わりなかったです。しかし構造的に上手く捉えられていて、良く整理された演奏になっています。最後 57 回連続するトランペットの 5 連符もきっちり吹けていてお見事。

 第 5 番はもっさりとした印象を受ける演奏。第 1 楽章は、短い旋律が入れ替わり立ち替わり現れ、曲を織りなしていきますが、ゲルギエフの演奏はそういう横の線の表現が悪く、刻々と様相が変わっていく様を上手く描けていません。とにかく最初から最後まで、ずっといきんでいるような演奏。コーダの Tutti の中でハープの剛毛なグリッサンドが聞こえ、派手な演奏です。第 2 楽章は、演奏的には良いのですが、八分音符などの細かい動きが音程感ある明瞭な音でちゃんと録音されてないのが問題。ショスタコーヴィチ的な怪しい調正感であるはずのものがクラスターのように聞こえ、立ち止まれば足が埋まってしまうような泥地を全速力で駆け抜けていくという不安定感がいまいち出ていません。第 3 楽章は 3/4 と 9/8 のぶつかりなどいまいちで、あまり官能性を感じられない演奏。その場その場を上手く作っているだけで、曲の先を読んだ指揮をしているとは思えません。終楽章は若干早めの演奏で、落ち着いた丁寧な演奏をして欲しいところ。但し中間部のフーガのところでテンポをゆるめ表情を作っているのは、なかなか効果あります。

 第 6 番はこの全集の中でも屈指の出来ではないかと思います。この曲はいたるどころがトワイライトな雰囲気で、かなりつかみ所の無い曲だと思っていました。第 1 楽章は 6/8 拍子だという以外の特徴が感じられない演奏が多いようですが、ゲルギエフは細かい部分の濃淡を作り込んでおり、どこに向かおうとしているのか判らないこの曲を的確に道案内してくれます。似たような楽節の多い曲ですが、違いを上手く際だたせており、迷宮の中で紋様の違う道しるべを上手く見つけ辿っている気分です。提示部・展開部・再現部の緩・急・緩を生かしたドラマ性の描出も見事。第 2 楽章は分厚いオーケストレーションが続き、何をやっているか判らない始まり方をしますが、ここも上手く整理されており稜線がはっきり浮き立っています。その後もデフォルメの効いた判りやすい演出で (割とスコアがこういう要求をしている) スケール感のある演奏になっています。第 3 楽章の Vivace は早いながらも重みがあり、軽い音楽にならないところが良いです。途中前のめりに走ってしまっている部分がありますが、曲想的には許容範囲でしょう。ショスタコーヴィチのスケルツォを思い起こさせもする展開部をすぎ、終楽章であることの証として第 1 楽章の再現を行い、ど派手なコーダに突入しますが、最後まで破綻無くまとめ上げています。

 第 7 番。このチャーミングな曲をゲルギエフがやると一体どうなるかと思っていましたが、意外と良い演奏になっています。第 1 楽章の第 1 主題はかなりゆったり目で振幅の大きな演奏で、序奏部のような不安定な描き方をしており、全体として彫りの深いドラマチックな演奏になっています。第 2 楽章はもっとガンガンやるかと思いましたが、割と平常心な演奏。それでもカロリー高そうな音ではありますが。2'10" からの弱音器を付けた弦楽器の雰囲気が良いです。第 3 楽章は "白鳥の歌" 的な切なさのある楽章ですが、ゲルギエフはどちらかと言えば子守歌的な満ち足りた雰囲気にしています。2'28" からのオーボエ・ソロで倍近くスピードアップ。ちとこれは頂けません。そもそも曲想がかなり変わるシーンなので、わざわざテンポを変えなくともいけますし、それこそベビーベッドの上で廻るメリーゴーラウンド的です。第 4 楽章は賑やかな演奏で、コミックな演奏と紙一重といった微妙なバランスで成り立たせており、辛気くさくなくそれでいて安っぽくない良い線を付いています。コーダで第 1 楽章第 3 主題の宇宙的な音楽が再現されますが、剛毛なハープのグリッサンドが聴かれ不思議な効果を出しています。なおエンディングはこのまま終わるオリジナル版を採用。後に、ロンド主題で賑やかに終わるコーダが付け足されましたが、これはプロコフィエフの本意ではなかったとのこと。この CD の国内盤にはボーナストラックとして、その賑やかエンディングの第 4 楽章が収録されるようですが、特に無理して聴くほどのものではないでしょう。

 ゲルギエフが気合いを入れすぎた 2, 3, 5 番は、気迫以上のものが聴かれずもどかしい思いをしましたが、それ以外の曲は適度に冷静さを保っているようで、なかなか素晴らしい演奏になっています。全集盤としてお薦め出来るディスクです。なんと言ってもロンドン響の合奏力の高さは素晴らしく、これで録音が良かったらどれだけの名盤になっていたことか。EMI は最新録音とは思えないほど渋い録音をしてくれますが、Philips もこんな調子じゃお先真っ暗です。録音部も Decca と統合して、Decca サウンドにしてしまえば良いのに。まあ、Decca も近年は録音的には駄目になっていますがね。耳の良いエンジニアは一体どこへ行ってしまったのだろうか。

Recording producer: James Mallinson
Balance engineer: Jonathan Stokes
Recording location: Barbican Hall, Barbican Center, London, Live recordings

 その他の全集盤については、こちらをどうぞ。「プロコフィエフ交響曲全集比較」

関連記事を検索: Philips ゲルギエフ プロコフィエフ ロンドン響

2006年4月28日 12:32

この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.0) 投票人数:(420)

ソーシャルブックマーク:

« マーラー:交響曲第 7 番/バレンボイム [Warner] | カバーページ | ショスタコーヴィチ:交響曲第 1・14番/ラトル [EMI] »

トラックバック

CAPTCHA
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。

トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメント(2)

ヤルヴィ の全集版を長く愛聴しておりましたが、ゲルギエフの全集を買おか買おまいか悩んでおります。
多分買ってしまうんだろうなあ..

全集比較のヤルヴィ 版 貴コメントには、

>録音は CHANDOS 特有のねっとりとした間接音が
>演奏全体をマスクしているようで、演奏の細部が
>埋もれさらに大味に仕上げているので良いとは言えません。

全くの同感であります。

ゲルギエフといえば、ショスタコの4-9が纏まって再発されていまして、これを衝動買(輸入盤なれども)
してしまったこともありましてこの際、
4,5,9 以外のレビューなども、お待ちしております。

投稿者 なすべん : 2008年4月16日 00:03

なすべんさん、ようこそ!

ゲルギエフも大味具合としてはヤルヴィと大差ない気もしないでもありませんが、芸風が違うので楽しめるとは思います。「全集」のなかで見ると、ゲルギエフが一番面白い演奏かなという感想は、今でも変わっていません。やっぱり録音が一番の問題ですね。

ゲルギエフのショスタコーヴィチは、あと 7 番の書きかけのレビューがありました (^^;。かなりネガティブなことを書いていました (^^;;。もし続きを書くようなことがありましたら、掲載します。

プロコフィエフのピアノ協奏曲全集聞き比べという、以前書いたレビューが見つかりましたので、掲載しておきます。

投稿者 わたなべ(管理人) : 2008年4月16日 10:33

コメントがありましたらどうぞ

メールアドレス・URL は必須ではありません。
コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。