« マーラー:大地の歌/マイケル・ティルソン・トーマス [SFS Media] | カバーページ | バーンスタイン・ガラ/ティルソン・トーマス [SFS Media] (DVD) »

ショスタコーヴィチ:交響曲第 4 番/ハイティンク CSO [CSOR]

haitink_dsch4.jpg

ショスタコーヴィチ:
交響曲第 4 番

ベルナルト・ハイティンク指揮
シカゴ交響楽団
CSO-RESOUND CSOR 901 814

 シカゴ交響楽団の自主制作盤 CSO-Resound の新譜、ハイティンクのタコ4です。ハイティンクのショスタコーヴィチという点も見逃せませんが、シカゴ響のタコ4というと 1977 年のプレヴィン盤で名演を聴かせてくれた以来なので、私としてはそちらの方に期待が行きます。4 番以外でも、バーンスタインとの爆演や、ショルティとの怪演もありましたからね。

 ハイティンクの今回の演奏は、そういう鮮やかなシカゴ響の演奏系譜とは一線を画した渋めな演奏になっていますが、これはハイティンクという事で充分想定範囲内でありました。コンドラシンやラトルのような激しいものを期待していると、かなり肩すかしを食らいます。しかしこれはロンドン・フィルとの旧盤や他の数々の演奏、最近の CSO-Resound などでハイティンクの芸風を押さえていれば、そういう尖った演奏と比べても意味がないことが判るでしょう。聴くべきところはそこじゃありません。まずこの点を押さえておかないと正当な評価は出来ないと思えます。

 渋めな印象を与える原因のひとつは、遅めなテンポ設定にあるでしょう。旧盤と比較しても各楽章約 1 分半ずつ、例えばラトル盤と比較するならトータルで約 10 分遅い演奏になっています。タイムの比較はあくまでも目安で、1 分半違っても意外と聴感上差がないこともありますが、聴いた感じでも旧盤の方がキビキビとした演奏で、ハイティンクも年老いたなと思えなくもありません。いやいやハイティンクだけでなくシカゴ響もかもしれません。音の立ち上がりが昔ほどストレートではなくなっており、それも老手な演奏に聞こえる一因でしょう。遅いといっても取り分け遅い訳ではなく、どちらかというと落ち着いたテンポ、中庸なテンポというべきものかもしれません。効果を狙った攻撃的なテンポ設定というより、放っておいてもそのテンポに落ち着くような、必要充分で気負いのないテンポ。それだけにオケも演奏しやすいようで、安定しています。これが化学なら、安定しているということは不活性だということになるのですが、オケの緊張感は高い状態を堅持しており、指揮者だけが空回りしていたり熱演の割に伝わってこないというそれこそ「不活性」な演奏にはなっていないところがハイティンクの至芸であり、シカゴ響がシカゴ響たる所以でしょう。

 そしてタコ4と相容れないようなこの安定感が、作品からショスタコーヴィチ晩年の作風に通ずる雰囲気を引っ張り出します。実験的な第 3 番と「プラウダ批判」後に書かれた大衆的な第 5 番に挟まれた、激しく叩き付けるモダニズムの傑作というより、スターリンの死後にようやく初演された当時=第 13 番以降の作品のような、生と死の狭間を冷酷に見つめた作品のように聴こえます。つまりスターリン体制の前と後の作品がダイレクトに繋がったかのよう。旋律を歌わず、意味づけを極力排した、誤解を恐れずに言えば「機械的な」演奏のため、若さともとれる荒削りな激しさが整理され、無味無臭という価値観が生まれ、そこに晩年の作品のような息が詰まるほどの虚無感が沈殿してくるのです。それこそ私的に聴き所な第 3 楽章のトロンボーンのソロすら、ソロとしてのクローズアップ度は低く、多くの素材の中のひとつとして演奏されます。しかしそれだけにトロンボーン・ソロというカラーが薄まり、全体的な機能の中で役割を担うこととなるのです。

 ただこれだけでは盛り上がりのないつまらない演奏になってしまうでしょう。ハイティンクはここぞという場面でテンポを落とし、凄い場面を作り出します。特に第 1 楽章で展開部に入る前の派手な Tutti とチューバや低弦による第 3 主題のシーンの凄まじい迫力。この曲想は再現部で限りなくひ弱に再現されるので、そのコントラストが強調されます。再現部でその後登場するヴァイオリンのソロが、ようやくここに来て内面的な歌を露わにします。また第 3 楽章の後半、マラ 1 からの低弦のモティーフの引用が終わり、安定感の無いハ長調による黙示録的なファンファーレの後、ハ短調に転じた悲劇的なユニゾンの部分、シカゴ響のパワーがなければ成り立たなかったであろうテンポで、この曲の核心部分を痛烈に歌い上げます。このテンポでまったく危なげないどころか迫真の演奏を見せるシカゴ響。華々しさは無いものの、これは間違いなくシカゴ響のショスタコーヴィチです。

 録音は 2008 年 5 月 8, 9, 10, 11, 13 日、オーケストラ・ホールにてのライヴ収録。音質は少々問題あり。抜けが若干悪くナローな感じで、色彩的に聴こえない原因のひとつと思えます。そして音場が右に寄って聞こえます。もともと定位感が希薄な録音ですが、はっきりと左に聞こえるのがヴァイオリンと打楽器の一部くらいで、後はセンターから右に位置しているように聞こえます。ホルンは左にいるはずなのに右から聞こえますし。不自然なほどではないですが、バランスのつまみをいじっちゃった方が落ち着きます。

 この CD にはボーナスディスクとしてシカゴ響が行っているレクチャーシリーズ Beyond the Score を収めた DVD が付いています。しかし折角オケがいるのに、レクチャーの内容は音楽と絡めた話にはなってなく、ショスタコーヴィチがこの作品を作った当時の時代的な背景に焦点が当てられるのみ。具体的な論考というよりイメージを伝えるためのモンタージュを積み重ねているだけのよう。特に目新しい内容でもなく、一度観れば充分でしょう。要所要所でオケによる演奏が挟まるのですが、DVD ではコンサートの映像を加工してはめ込んでいるようでした (CD の演奏よりテンション低めに聴こえます。トランペットも落ちちゃうし ^^;)。ナレーターの語りもライヴ映像ではなく、別撮りだったのかもしれません。ただし日本語字幕が収録されていたのは評価できます。でも字幕の最初の文字が落ちていたり(1文字無いだけでこれほど読解が難しくなるとは)、訳もいまいちこなれてないものでしたが (でも日本人が訳したというレベルにはなっている)。ハイティンクのインタビューも収録されていて、そちらの方が面白かったです。ショスタコーヴィチの前でブルックナーを演奏して、その後話す機会もあったのだが、彼はシャイな人だったのであまり会話にならなかったとか、タコ 4 とマーラーの関係のような事を話していたと思います (こちらは字幕がないのでよく判りません。せめて英語字幕があれば)。

 意味ありげなカヴァーアートはスターリン時代の "検閲" を意味しているようです。これはアレクサンドル・ロトチェンコの "Ten Years of Uzbekistan" という作品にインスパイヤーされたデザインだそうですが、そういう後味の悪い雰囲気の中でも、さりげなく黄金比に近い位置に写真が配置されていて (黒塗りの部分がもうちょっと大きければ...)、デザインの根底に秩序が感じられ、このハイティンクの演奏に相応しいと思えます。

関連記事を検索: シカゴ響 ショスタコーヴィチ ハイティンク

2008年10月20日 12:46

この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.1) 投票人数:(269)

ソーシャルブックマーク:

« マーラー:大地の歌/マイケル・ティルソン・トーマス [SFS Media] | カバーページ | バーンスタイン・ガラ/ティルソン・トーマス [SFS Media] (DVD) »

トラックバック

CAPTCHA
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。

トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメント(0)

コメントがありましたらどうぞ

メールアドレス・URL は必須ではありません。
コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。