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シベリウス:交響曲全集/ヤルヴィ [DG]

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シベリウス:
交響曲全集 (第 1 〜 7 番)

ネーメ・ヤルヴィ指揮
エーテボリ交響楽団
[DG] 00289 477 5688 (4 SACD Hybrid)

 エーテボリ交響楽団創立 100 周年記念盤。シベリウスとエーテボリ響の関係は深く、シベリウスは 2 番から 6 番までの交響曲といくつかの交響詩をエーテボリ響で指揮したことがありり、シベリウスお気に入りのオーケストラだったようです。そのエーテボリ響によるシベリウスの録音といえば、ご存じヤルヴィが精力的に行っており、約 20 年前に BIS で交響曲全集を完成し、その他数多くの作品もリリースしております。シベリウスの交響曲全集を何度も再録音する指揮者は多い (多くない?) ですが、今回のように同一コンビによる再録音というのは珍しく、それだけ両者の篤い関係というのもが伺い知れます。心情的には BIS が出して欲しかったですが BIS はヴァンスカの録音もありますし、一方 DG は意外にもシベリウス交響曲全集を持っていないので(カラヤンとカムの混成盤はありますが)、DG も喉から手が出るほど欲しいコンテンツだったのかもしれません。

 ヤルヴィというと、アグレッシブながらも重く暗く、かなり疲れる演奏をしてくれることが多いという印象なのですが、この交響曲全集では「えっこれがヤルヴィ」と思わせる、期待(?)を見事に裏切る演奏を展開しております。とにかくヤルヴィとは思えないほど繊細な演奏。オケの美しい音色を存分に引き出しております。ひょっとしてヤルヴィでも、ネーメではなく息子のパーヴォだったか…と確認したほどです。従来の重く暗いというイメージは皆無で、柔らかく時には輝かしい音響で覆われており、ヤルヴィもまるくなったなぁと思えます。だからといって演奏内容まで去勢されたようでは意味がないのですが、昔のようなごり押し感が無くなっただけで、積極的な展開は健在。これだけでは判断出来ませんが、要するに指揮者として一番旨い時期を迎えているように聴こえます。

 この交響曲全集は番号付きの 7 曲が納められており、1 番と 7 番が 1 枚に、後は番号順に聴けるように盤割りされていますが、ともかく番号順に聴いていきましょう。

 1 番は 2002 年 9 月、エーテボリのコンセルトハウスでのライヴ収録 (以下会場は全て同じ。1 番と 2 番のみライヴ)。演奏はライヴらしく熱気あるもので、かといって大味になっていない理想的なセッションでしょう。バーンスタインほどどぎつくなく (曲の内容的に、バーンスタインの演奏も個人的には好きですが)、聴き応えやスケール感は充分な演奏で、あの有名な 2 番の前哨戦として納得できる内容です。この作品はチャイコフスキーやブルックナーの影響を感じてしまうのですが、そういうのを隠してまでシベリウスっぽくしようみたいな作為性は感じられず、ありのままといった演奏です。ツウ受けは悪そうですが、それだけに分かりやすく馴染みやすい。シベリウスらしさも特に緩徐部分で色濃く出ており、書きたいように書いた部分と、交響曲としてまとめようと苦労している部分などが垣間見れる興味深い演奏です。

 2 番は 2001 年 11 月収録。ライヴのためか音場がデット気味なのがちょっと残念。厚い音響なのに響きが透明で、素材に例えるならまるでポリカーボネイトのような音質。厚いハーモニーの中から細かい音が透けて見える様は、やはりシベリウス向きのオケだと感じます。適度な湿り気を湛えた音色も美しい。演奏内容は極めてオーソドックス。過度な感情表現を期待すると物足りなく思えるでしょう。適度な距離感を持った大人の音楽に聴こえます。しかしソロ的な部分はあまり上手くないし、4 楽章はもっとスケール感が欲しい。"サビ" が利いてないと面白く感じないのは、日本人だからか。もっとも、シベリウスの交響曲全集を買って 2 番ばかり聴く人ってそういないと思うので、まっ良いでしょう。

 3 番は 2003 年 8 月収録。ヤルヴィの演奏は細かい部分こだわらない大局的な流れの良さを持っており、タイミング的には特に早い演奏ではないのに勢いよく一気に描く爽快感があります。第 1 楽章の素朴な主題も安っぽくなく、堂々と興奮的に描かれ気持ちいい。第 2 楽章もなよなよせず、ブラームスかドヴォルザークのように渋く歌い上げていく様子が良いです。第 3 楽章も自然な流れで安定した良い演奏です。後半のエルガー風のコラール行進曲の主題が前半に芽生える部分がさり気なさすぎて目立たないのが残念ですし、後半に入る前に曲が錯綜していく部分もお行儀良すぎるというきらいもありますが、コラール行進曲になると良い雰囲気で盛り上がっていきます。割とあっけなく終わる演奏が多いですが、最後に入ってくるトロンボーンにかなりアクセントを付けており、満足感ある終わり方をするのも評価出来ます。右チャンネルに耳鳴り様の高周波ノイズが断続的に乗っており気になりますが、一般的なスピーカーでは S/N に埋もれるでしょう。

 4 番は、2003 年 11 月収録。最高傑作などと評価される一方、難解で寄せ付けないところがある音楽。スコアを見て初めてこの曲の凄さが見えました。厳選された素材で簡潔に書かれており、普通こういう書法は作曲家の晩年に到達する領域と思えます。ヤルヴィは実に風格ある演奏をしています。拍を取りにくい作品ですが、かなり正確な演奏が出来ているのにも好感が持てます。第 1 楽章は冒頭から深く粘りのある音で良い雰囲気を出しています。金管も量感があって良い。中間部はもっと切迫感があっても良かったと思います。第 2 楽章は、あまりノリの良いテンポにしきってないことで夢想的な非現実感が生まれており効果的です。また後半部分との対比がそれによって生きてきています。後半部分はスケルツォでのトリオのように聴こえる演奏で、ダ・カーポを予感させる部分でぱったりと終わってしまうことが、不安定感を煽ります。この曲の白眉である第 3 楽章は 11 分台の演奏。じっくり描いており聴き応えがあります。こってりとした音楽にせず、意外と淡泊なのが達観への境地なのかもしれません。第 4 楽章もこなれた演奏。無窮動的というか、メッセージ性を排した無表情な動きが良い感じ。後半のブレーキと共に建造物が崩壊していくような部分もなかなかの出来ですが、バランスが悪くきっちりと音で埋まってなく、完璧ではありません。たまにグロッケンの替わりにベルを使っている演奏がありますが、ヤルヴィは普通にグロッケンで演奏しています。ベルだと大仰すぎると思うのですが、シベリウスはベルを使って欲しかったとする話しもあるようです。

 5 番は 2002 年 12 月収録。この全集で最高の演奏と思います。エーテボリ響のシベリウスらしい音色がまず良い。押しつけがましくならない音の気持ちの良いこと。またトレモロ一歩手前という細かい刻みも何気なく揃っていて、演奏しなれた様子が伝わります。第 1 楽章では (スコアを見ると単一楽章の曲だということがわかりますが、一応分けて記述します) 、音楽が一時も停滞することなくコーダへ向かってどんどん流れていく爽快感が良いです。第 2 楽章は《第九》(ベートーヴェン) の第 3 楽章を彷彿とさせる穏やかなカンタービレを感じされます。しかし弦楽器はかなりガシガシ弾いており、長閑なだけでない歯切れの良さも併せ持っており、ドラマチックです。第 3 楽章は、雰囲気でいうと懐かしいさや郷愁感を強く感じさせてくれる演奏です。練習番号 L (4'27") 以降、弦楽器のスピッカートの刻みの上に木管が第 2 主題を乗せるあたり、特に良い雰囲気だと感じます。ヤルヴィからこんなリリシズムが聴けるなんて、意外な収穫です。

 6 番は 2005 年 3 月収録。なかなか良い演奏ですが、個人的にはもうちょっと活気のある演奏が好みです。第 1 楽章は主部のテンポが若干遅く感じられますが、広がり感が犠牲にならないぎりぎりのテンポとも思えます。ヤルヴィはこの大きなうねりの上に音楽を構築しており、細かいメリハリが無くとも不思議と魅力を感じる演奏になっています。第 2 楽章は曲想の変化をあまりハッキリと描かない演奏ですが、それでも丹念な演奏で雰囲気は良いです。第 3 楽章は重い足を引きずっているような演奏で、それ自体は曲が要求することなので良いのですが、内容的な変化が欲しいと思います。第 4 楽章も全体的な雰囲気は良いのですが、中間部分の切迫して盛り上がるところが生真面目すぎで面白みに欠けます。そもそもヤルヴィは曲の細かい部分に機敏に順応するような器用な演奏はあまりしませんが、この 6 番ではその点がマイナス面を生み出しています。しかしこれが決定的になるのが次の 7 番です。

 7 番は 2003 年 8 月収録。単一楽章形式の曲ですが、もちろん交響曲ひとつ分に匹敵する内容が盛り込まれており、また単純に複数の楽章がアタッカで繋がっているような曲でもありません。かといって 4 番のような難解さは無く、その独特な形式感さえ掴めれば、頭から離れなくなるような聴き応えのある名曲です。しかし構成力のない演奏だと迷子になるのもたやすく、鬱蒼(うっそう)とした森の一体どこに今いるのか分からなくなります。ヤルヴィの演奏は、そういう迷子にさせる演奏です。最初の弦楽合奏による Adagio 部分は道のりが平坦なので良いですが、その後のスケルツォ的な部分以降、十分な道案内が無いまま様々な場所に連れて行かれるような感じがします。つまり十分変化すべき部分での変化に乏しく、音楽の発展方向が感じられず、筋立てが大味に聴こえるのです。音響は繊細で良い雰囲気なので部分部分を取り出すと良く聴こえますが、最も小説的な読み応えを要するこの作品は、メリハリのある展開が重要で、ヤルヴィの演奏はその部分の面白みが欠けていると思います。

 録音は、曲によって違いはあるものの概して美しいバランスで、繊細で肌理の細かい音が楽しめます。奥行きや広がり感は少ないですが立体感は十分と思えるので、小振りなホールで奏者との距離が近いアットホームな雰囲気を連想させます。

 悪く言い切ってしまえばナロウな演奏で、ダイナミックで切れのある演奏とか厳しく凍てつくような演奏が好きな方にはハズレでしょうが、演奏しなれたコンビによる品格ある風合いが強烈な魅力を放つ良演です。雰囲気は実に良いですし、詩的で淡泊な味わいもいわゆる "お国もの" でないと表現できない良質なものと思います。かといって大人しい演奏ではなく迫力も充分。録音も充分。特徴は少ないものの平均点は高いといった内容でしょう。シベリウスの交響曲全集は廉価なものも多く出ているので、SACD の hybrid 盤しかない本盤は割高に思えますが (それでも SACD のレギュラープライスよりは安い)、個人的には満足度の高いものでした。


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2005年12月24日 12:49

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