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マーラー:交響曲第 5 番/ティルソン・トーマス [SFS Media]

MTT_Mahler5.jpg

マーラー:
交響曲第 5 番

マイケル・ティルソン=トーマス指揮
サンフランシスコ交響楽団
SFS Media 821936-0012-2

 MTT/SFS マーラーチクルスもいよいよ終盤。難曲の第 5 交響曲の登場です。常に高いレヴェルをキープしてきたこのチクルスだけに期待しておりました。今回もいち早く入手しようと、一般発売より 15 日早く出荷してくれるという SFS Store に注文。しかし手元に届く 1 週間前に、タワレコに入荷していました (;_;)。ま、HMV よりは早かったので良いか。値段はいずれにせよ 3,000 円台です。1 枚もの CD としては (SACD としても) かなり高額。ティルソン=トーマスを特に好きでない方には二の足を踏ませるのに十分な値段でしょう。

 内容は期待を裏切らないものでした。巨視的なドラマ性は歴代の名演に引けを取らないものを持っていますし、細部へのこだわりはゲルギエフ的ともいえる変化の大胆さがあり、しかもそれをゲルギエフじゃ到底出来ないだろうと思える自然な説得性の中で表現しています。ラトル/ベルリン po. も細かく大胆に曲を変化させる演奏でしたが、あちらは意外性の積み重ねがよりマーラー的に聴こえるのに対し、ティルソン=トーマスはある種普遍的な解釈を洗練させ深化させた結果生み出された意外性が、独自な魅力を放つ鬼演となっていると思います。これだけマラ5が氾濫している現在にあって、しっかりと個性的な (しかも唯我独尊でない) 演奏が展開出来るという…、MTT 恐るべし。満を持しての演奏であったといえるでしょう。

 まず第 1 楽章ですが、歴代のマラ5と比べるとタイトな印象を持ちます。血を吐いたり、大爆発が起きたり、最後の審判的なハルマゲドン様な演奏というよりは、葬送行進曲の方が印象的に響いてきます。行進曲のリズム (主にトロンボーンが演奏する) は重く引きずるものではなく、ミリタリーマーチのような歯切れの良さがあり、普段なかなか聴かれない行進曲らしさが聴き取れます。かといって軽い演奏ということはなく、哀愁漂うメロディーと軽薄なマーチというマーラー的なミスマッチが残酷を強調しているのです。この雰囲気は、同じく葬送行進曲である第 1 交響曲の第 3 楽章を彷彿とさせます。「突然より速く。 熱情的に。 荒々しく」と書かれている嵐の中間部は、2nd Vl. がお休みの部分は 1st Vl. の補強に充てていたりしています。ヴァイオリン両翼配置なので、はっきりと聴き取ることができます。それでも埋もれ気味なので、現実的な処理でしょう。2 楽章以降も部分的に重ねています。

 第 2 楽章へは一呼吸置いた程度のアタッカで繋げています。楽譜にはアタッカの指示は無いのですが、1 楽章の終止線にはフェルマータが付いているので、タクトを降ろさない "間" で繋げる必要があろうかと思います。低弦の余韻が消えた途端に始まるアタッカは、繋がっているということの方を重視した処理でしょう。第 2 楽章は実にドラマチックな演奏。マラ5の第 2 楽章はこうでなくっちゃ。ベートーヴェンの《運命》動機をかなり強調しているのも特徴的。それこそ《運命》を同時に聴いているようで、意味的にも運命がまとわりついている鬱陶しさを感じます。ルバートやテンポの変化も大きく、最もパラノイア的分裂気質のこの楽章に相応しい表現力を持っています。特にクライマックスの突然降ってくるニ長調のコラール、遠くからトランペットの一条の光が差し込み、一気にドーンと立ち上がる様は、感動的です。その後霧が晴れるように消え去る様子も映像的で明確なビジョンを感じさせます。

 第 3 楽章開始部は割とニュートラルな演奏。舞曲風な躍動感はありません。それは「力強く、しかしあまり早くなく」という指示から来ているのかもしれません。雰囲気的には《復活》の第 3 楽章を遠くに感じます。しかし、トリオ、再び主部と繰り返されるうちに、徐々に音楽に活気が出てくるように演奏されています。特に第 2 トリオのブラームスの交響曲第 2 番を短調にしたような楽節での深みのある表現には引き込まれます。静かな部分にティルソン=トーマスのこだわりを感じる楽章です。オブリガート・ホルンは、新クリティカル・エディションで提案されていたように、指揮者の横で吹くことはありませんでした。

第 4 楽章は非常に美しい演奏。美しいと言ってもいろいろありますが、清潔感ある美しさと言えるでしょう。やさしい穏やかな音色でささやくように語りかける弦楽器に、切なくも嬉しい思い出を呼び覚まされてしまいます。かねてからティルソン=トーマスのマーラーは女性的と書いてきましたが、このアダージェットはまさに女性的視線を投げかけでくるものです。

 第 5 楽章も立派な演奏ですが、私の好みよりは髪の毛一本ほど重たい演奏に思います。もうちょっと快活ではじけたものを期待していました。しかしどうやらこの終楽章はアダージェットの延長線上での表現がされているようなのです。ご存じの通りこの作品の第 4 楽章と第 5 楽章でひとつのパートを形成しているわけですが、例えばラトルは第 5 楽章に入り込んでいる第 4 楽章の要素を、アダージェットの世界と終楽章の世界とを大きく行き来することでダイナミックに表現しました。しかしティルソン=トーマスの場合、アダージェットの世界を大きく広げるようなかたちで終楽章を表現しているように思えます。その辺が納得できると、重さは感じなくなりました。その上、最後にアダージェット主題がそっくり再現される部分に於いて、ここぞとばかりにテンポを落としてこの曲の起源に立ち返り、それが全ての要素を受け入れながら徐々に太く勢いを増し、ついに第 2 楽章のニ長調のコラールが何の迷いもなく必然性を持って現れるに至る。いつも第 5 楽章のコラールは第 2 楽章ほど感動できないと思っていたのですが、今回はやられました。上手い曲の運びと、それを的確に表現している凄さに震撼します。その後もやけくそな乱痴気騒ぎにならず、喜びを噛みしめるようなフィナーレを迎え、圧倒的な充実感を持って曲を終えます。聴き終わった後は、演奏がどうこうではなく、いや〜マラ5って良い曲だなとつくづく思いました。

 録音は 2005 年 9 月 28 日〜 10 月 2 日。サン・フランシスコのデーヴィス・シンフォニー・ホールでのライヴ収録。従来通り綺麗で分離の良いでしたが、ちょっとオンマイク気味なのか、ホールトーンがやや寂しい感じ。ステージに近い席で聴いているようで、弦楽器の細かい音符がはっきり聴き取れ (かなり強調して演奏しているからですが)、普段聞こえない音が聞こえる喜びはありますが、雰囲気が若干犠牲になっている感じもします。反面、ステージ上の臨場感はかなり感じます。時々ヴィオラやチェロの音を拾ってミキシングしている部分で音場が平板になる部分があり。SACD+CD ハイブリッドです。

 さて、MTT/SFS のマーラーチクルスは、期待の《千人の交響曲》を残しているのですが、録音はされたはずなのですが、何かのトラブルがあったのか、"2008-09 年のシーズンで完成される" となっています。リリーススケジュールも "未定" となっていました。SFS のサイトでは、一応触りだけ聴けます。交響曲だけでなく《大地の歌》《リュッケルトの詩による5つの歌曲》《少年の魔法の角笛》《さすらう若人の歌》も予定されているようです。どちらが先に出るのか気になるところですね。後は交響曲第 10 番を全曲で入れて欲しいです。自身作曲家でもあるわけですので MTT 版でも良いですから。まあ、作曲家指揮者は補筆完成版を好まないようなので、期待薄かもしれませんね。

タワーレコードなら、もう買えます↓

マーラー:交響曲第5番/ティルソン=トーマス,SFS

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2006年10月 5日 11:40

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