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マーラー:交響曲第 9 番/ティルソン・トーマス [SF Media]

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マーラー:
交響曲第 9 番

マイケル・ティルソン・トーマス指揮
サン・フランシスコ交響楽団
821936-0007-2 [SF Media (AVIE)]

 いよいよ出ました、待望の第 9 番。今回も一刻も早く聴きたいためにサン・フランシスコ響のオンラインショップより購入しました。一般発売はオンライン販売より約 1ヶ月遅れの 4/12 とのことです。ちなみに価格は CD が $27.95 で送料が $14.30 です。Air Mail 利用なので到着までほぼ一週間かかります。AVIE の国内販売価格よりおそらく若干割高だと思いますが、一足早く聴ける分だと思えば、妥当だと考えています。

 最近は CD 1 枚に収まる演奏も多くなってきましたが、ティルソン・トーマスのマーラーは概して遅めの演奏が多く、この 9 番も 90 分近い演奏時間になっています [30'22", 17'04", 13'55", 27'50"]。これは、私の中ではかなり遅い演奏という印象のあるショルティ/シカゴ響の演奏などよりもトータルタイム的にはさらに遅いのですが、実際の演奏を聴いてみるとテンポにメリハリがあるため、遅い演奏とはまるで感じられません。いたずらに遅いというより、必要なだけ時間をかけたという感じで、引き締まった演奏になっています。

 ティルソン・トーマスの音楽の変貌ぶりは本物のようです。2 番のときも書きましたが、今までは頭脳とセンスで小綺麗な音楽を作り上げていた感のティルソン・トーマスですが、単なるセンスの良い演奏という枠では語れない演奏を展開しています。オケの集中度も高く、乱れのないアンサンブルで強烈な演奏をするので、かなり派手な鳴っぷり。単に鳴りがよいだけでなく、必要以上に複雑なこの作品の対位法を残酷なまでに描出しているので、「組織化された混沌さ」を実に見事に再現しています。

 第 1 楽章は非常に切れ味の鋭い表現で迫ってきます。この楽章は歓喜から絶望へと感情の落差の激しい曲ですが、ティルソン・トーマスの演奏では絶望的な激しさが滅法強い。喜びで感極まる部分でもバーンスタインのようにストレートに歓喜を表現しません。この曲のマーラーは、決して長調が明るく響かないよう何らかの瑕疵を入れて長調を汚しており、そのことを演奏面で際立たせています。まるで絶望の底から歓喜を見上げているような演奏。それだけにメランコリックな部分で本物の長調が現れる部分が生きてくるのです。メランコリックといえば再現部に挿入されるフルートとホルンと低弦による複雑な三重奏の部分がありますが、わりと長閑な表現の演奏が多い中、ティルソン・トーマスはリズムのぶつかりを強調する緊張感ある演奏をしていました。これはその後もう一度登場するフルートのソロの安らいだ雰囲気と対照をなす解釈でなるほどと思いました。

 あと、やはりどうしてもこの楽章で特筆したい部分は、都合 3 回ある曲の頂点部分 (特に最大なのは 308 小節目 [20'01"]) での引き延ばし。数年前のロンドン響との来日公演を聴いてその部分のカタストロフィーにいたく感動したもので、同様の解釈の演奏を他に探しましたが、これだけ引っ張っている演奏は結局見つかりませんでした。今回の SFS との演奏でもその解釈は健在 (というかパワーアップしすぎ)、初めて聴いたときほど感動出来ませんでしたが、この演奏の大きな特徴と言えるでしょう。

 第 2 楽章は中庸なテンポでおおらかな雰囲気の演奏。第 1 主題の入りの 2nd ヴァイオリンの重さ加減がアバド/ウィーン po. 的な踏みしめるようなもので良いです。1 楽章の重い雰囲気から一転して明るく華やいだ演奏。Tempo III の部分で度々ある短いパウゼは好き嫌いの分かれるところか。しかしティルソン・トーマスは 1 楽章や 4 楽章でも短く鋭いパウゼを使って効果を上げているので、表現に一貫性はあります。旋律に付いている前打音で 16 分音符のもの(タララー)と 8 分音符のもの (タラー) がありますが、ちゃんと音価を変えて区別して演奏しているのも目新しい。

 第 3 楽章は、マーラーにしては発想や速度の書き込みが極端に少ない楽章。それを、マーラーが演奏していたらもっと書き込んだはずだと考えるか、それとも今あるものを完成形と捉えるかで解釈も変わってきます。ティルソン・トーマスは 4 楽章から木霊してくるエピソード部分は楽譜を超えた演出をしていますが、それ以外は過剰な演出は避け、楽譜をストレートに音にした感情を排した演奏をしています。非常にクリアで強靱な演奏です。

 終楽章は再び入魂の演奏ですが、感情に流されないのがいかにもティルソン・トーマス的。この楽章はスコアでいうと開始から 2 ページまでの音楽が調性的な緊張感など非常にドラマチックな展開で、バーンスタインなどそこで徹底的に盛り上がってしまい、その後の部分はそれ以上に盛り上がれなくなってしまうのですが、ティルソン・トーマスはそこでは完全燃焼せず、楽章の終盤のクライマックスで頂点を築くよう演奏設計しています。気持ちで聴いていると物足りなさを感じるのも確かですが、ドラマの展開としては納得できます。その分、後半での盛り上がりは凄い。オーケストラとティルソン・トーマスとか一体になって歌い上げていくその完成度の高さが、霊感的な演奏とはまた違った凄さを、指揮者やオケでなくマーラーの曲それ自体が与えてくれる感動が伝わります。

 録音は 2004 年 9 月 29 日〜10 月 3 日、サン・フランシスコ、デービス・シンフォニーホールでのライヴ録音。このシリーズの特徴の透明感のある見通しの良い音質で、これだけクリアなマーラーの 9 番は初めて聴きました。これはオケの個性にも関係するのかもしれませんが、低域の量感不足もほとんど感じられなくなり、返って粗っぽくノイジーな感じになったようにも思えます。中域の弦の補助マイクが入ると、立体感が損なわれます。2 楽章コーダ部分の静かなところでジュルジュルといった量子化ノイズが載っています。ミキシングの際にレベルを無理に上げたのでしょうか。終楽章最後の静謐な部分はライヴ録音なのに会場ノイズがほとんど無い。よっぽど優秀な聴衆だったのか、この部分はライヴでは無いのか。微妙に会場ノイズが聞こえなくもないので、前者なのかもしれません。

 私のマーラー 9 番のお気に入りはアバド/ウィーン po. なのですが、アンサンブルの点で言うと勢いで行ってしまっている感もあり、案外と雑な演奏です。このティルソン・トーマス/サン・フランシスコ響の演奏はそれを超えたとは簡単に比較して言えませんが、単に縦と横が合っているだけでない完璧なアンサンブルがマーラーが書いた音楽を克明に再現し、それをクリアに捉えた録音技術と、さらに一筆加えたティルソン・トーマスの棒で、今までの同曲盤にはなかったほどの完成度の高いユニークな一枚と言えましょう。

 次は BMG 盤での怪演も記憶に新しい 7 番です。BMG 盤とどう違うか今から楽しみ。《大地の歌》やその他歌曲系がラインナップされていませんが、この辺も録音して欲しいですね。

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2005年4月 8日 17:00

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