« R.シュトラウス:《英雄の生涯》《町人貴族》/ラトル [EMI] | カバーページ | ブルックナー:交響曲第 6 番/ナガノ [HM] »
ブルックナー:交響曲第 3 番[第1稿]/ナガノ [HM]
ブルックナー:
交響曲第 3 番《ワーグナー交響曲》ニ短調 ノーヴァク版第 1 稿
ベルリン・ドイツ交響楽団
harmonia mundi HMC 801817
ブルックナー 5 つめの交響曲、第 3 番いわゆる《ワーグナー交響曲》ですが、一般的に良く演奏・録音されるのはノーヴァク版第 3 稿であり、《ワーグナー交響曲》としては第 1 稿の方がワーグナーからの引用箇所も多く面白いということは、少しでもブルックナーが好きな方なら常識でありましょう。でも CD で第 1 稿が聴ける演奏は、衝撃的だった初録音のインバル盤 (Teldec) とノリントン盤 (EMI) ティントナー盤 (Naxos) くらいしかなく、ティントナー盤があれば作品鑑賞としては十分とは思うものの、ディスコグラフィーとしては寂しいものがありました。そんな中で登場したのが、このナガノ盤です。CD には "Version originale", "It is the first version of 1873" と書いてあるので、ノーヴァク版 III/1 でよろしいでしょう。
稿の変遷については私がどこかのサイトの受売りをここにだらだらと書くより、詳しいサイトをご自分で見ていただく方が良いでしょう。音楽としては、ブルックナーはどれも同じと思っているような不注意な聴き手なら違いが判らないかもしれませんが、第 3 稿と第 1 稿はかなり違います。改訂の内容的には、基本的な音楽の構造や素材は変わっていませんが、3 小節の旋律を 2 小節にしたり、4 回ある繰り返しが 2 回になったり、8 小節ある経過句が 4 小節になったりと細かい刈り込みが多く、大きな単位でのカットもしばしばあります。それに伴い、展開の仕方、オーケストレーション、対旋律などにも違いが出ています。
第 3 稿と第 1 稿の関係は、映画での『劇場公開版』と『ディレクターズ・カット版』の関係みたいなもので (成立史的な順序は逆になりますが)、未公開シーンを追加したり、既存のカットも芝居を長めに見せたり、テイクも別なものに置き換えたりで、より深く監督の作りたかった作品世界を味わえるかわり、劇場公開版 (=第 3 稿) のテンポ感の良さや構成の巧みさが犠牲になるという弊害も伴うという、それと似たものだと思います。
第 3 稿に慣れた人が第 1 稿を聴くと、長くなった分展開がだらだらしてると思うかもしれません。しかし私は第 1 稿のそのじわじわとした展開の仕方の方が好ましく思います。第 1 稿で雄大な展開をする部分が第 3 稿では刈り込まれ、唐突な感じを受けます (その手際の良さには感服しますが)。第 1 稿は Tutti の部分も大掛かりで、金管がメロディックな動きをするのもカッコ良く (ワーグナー的!)、終楽章の終わり頃に以前の楽章を順に引用して振り返る短いエピソードがありますが、その辺も第 3 稿ではカット。この終楽章の冒頭で以前の楽章を回想するというアイディアは、明らかにベートーヴェンの『第九』から来ている訳で、第 3交響曲の後ブルックナーは第 5 交響曲でも同様なことを、第 8 交響曲ではもっと洗練された方法で前楽章の主要主題を登場させていますが、3 番のこの部分はアイディア先行で収まりの悪さが確かにあるので、カットしたのではないかと思います。第 1 稿の終楽章のコーダでは、4 楽章冒頭のヴァイオリンによる早い上行パッセージが再現され、これまたなかなかカッコ良いです。第 3 稿にも上行パッセージはありますが、変形され、まるっきり違う効果を出しています。ただしコーダの締めくくりは第 3 稿の方が充実しており、第 1 稿は案外あっさり終わるなんてところもあります。
変更点の最大の関心事はワーグナーの諸作品からの引用部分でしょう。第 1 稿にはあからさまなものから暗示的なものまでワーグナーの引用がありましたが、第 3 稿では直接的な引用はほとんど削除されています (2 楽章の終わりに聴かれるワルキューレの『ブリュンヒルデの魔の眠り』の動機は残っています)。単に引用部分をカットするだけでなく、主要主題ごとまるまる変えたりもしています。するとその主題を展開していた部分も新しい主題を移植せねばならないという、大掛かりな作業がなされています。
第 1 稿にあるワーグナーの引用部分がどこなのか、とりあえず私が把握しているものを挙げておきましょう。第 1 楽章では展開部から再現部に移る部分 (16'41") の《ワルキューレ》の『魔の眠りの動機』。そして 2 楽章は第 1 稿最大級の見せ場が金管のファンファーレで現れます (13'21")。オーケストラが《タンホイザー》の華麗な伴奏を模倣する中、《ローエングリン》の『エルザの大聖堂への行進』のモチーフが一瞬高らかに鳴らされます (《タンホイザー》の巡礼の動機という人もいますが、旋律の雰囲気としては肯けるものの、オクターブ上行跳躍+半音階下降というラインはやはり違うと思う)。その後コーダ手前 (15'50") で再び『魔の眠りの動機』が出てきます。あと 2 楽章で《トリスタンとイゾルデ》からの引用 (1'57" あたりかのことか) や、4 楽章で《ワルキューレ》の『魔の炎の音楽』が聴こえるとしている解説もありましたが、どこなのか確認できませんでした。また CD の解説には1 楽章第 2 主題のホルンの対旋律 (5'04") が《マイスタージンガー》的と書いてありましたが、確かにこんな感じのパッセージが《マイスタージンガー》にあります。
思うに、ブルックナーはなんの脈絡もなくワーグナーの引用をしたのではなく、《ワルキューレ》や《トリスタンとイゾルデ》からは "女性の眠り"="死" というモチーフを、また《タンホイザー》や《ローエングリン》からは "神聖なもの" というモチーフを取り込んでおり、ブルックナーの諸作品の根底にある 〈男性的なものと女性的なもの〉〈神と死〉といった対立要素をワーグナーを通して語っているのではないでしょうか。《ローエングリン》の件の合唱には「神は彼女(エルザ) と共に居り、常に護って下さるだろう」という意味の歌詞が付いているのも、暗示的な気がします。ワーグナーの引用が無くなっても、この精神は曲の中になお息づいているのは間違いありません。
ナガノの演奏は、ティントナーの女性的にしなやかな演奏とは正反対な、男性的なブルックナーです。割とカッチリした演奏で、長いクレシェンドなども直線的に盛り上がっていき、ゲネラル・パウゼでの解放感を存分に楽しめます。テンポ感のちょっとしたサジ加減が巧く、微妙な密度感の変化で曲の方向性を描出する緊張と緩和の絶妙なコントロールが、この長大な曲を説得力ある雄弁なものとしています。ティントナーの演奏より早めのテンポで推移するので、闇雲に長いという感じはせず、充実しております。またワーグナーっぽい部分とブルックナーらしい部分が上手く同居しており、ブルックナー演奏としても一流である上に、引用という表面的な部分より深くワーグナーがこの作品に入り込んでいることを充分に聴かせてくれます。特にやはり第 2 楽章のクライマックスでの金管のファンファーレが素晴らしく、引用部分だけに限らずかなり長めの金管の旋律全体がドラマチックで雄弁です。ベルリン・ドイツ響の輝かしくも渋いエッヂのある音もいいです。オケの配置がヴァイオリン対向配置であればなお良かったのですが。
2003 年 3 月、ベルリン (Studio N. L. G. GmbH) での録音。録音はホールトーンが多めでブルックナーらしい充実した響きの中に個々の音が立ってきこえてくる美しいものです。しかし細かい音は響きの中に埋没ぎみで、全体的な雰囲気で聴かせる録音です。この CD も SACD とのハイブリッド盤です。最近多いですね。いずれは SACD 機を買うことになると思うので、ちょっと値が張ってもハイブリッド仕様の方が、買い直す無駄が省けて大歓迎です。
ブルックナーの交響曲の中でも 4 番や後期作品群についで人気のある作品だと思いますが、第 1 稿だやれ第 3 稿だなどと言っているのはなかなかマニアックなことかもしれません。私のこの長大な (^^; コラムにも「どっちだっていいや」とウンザリされている方も多いでしょう (ま、そんな人はここまで読まないでしょうが)。逆説的にここまで読んで下さったのならこの作品に興味があるということで、そういう方ならこのナガノ盤はきっと満足出来ることと思います。ともかくブルックナーの初期交響曲に興味のある方にはお薦めです。
2004.6.11
2005年12月 1日 10:15
この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.1) 投票人数:(394)
« R.シュトラウス:《英雄の生涯》《町人貴族》/ラトル [EMI] | カバーページ | ブルックナー:交響曲第 6 番/ナガノ [HM] »
トラックバック
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。
トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメントがありましたらどうぞ
メールアドレス・URL は必須ではありません。コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。