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チャイコフスキー:交響曲第 6 番《悲愴》/ノリントン [hänssler]
ワーグナー:
《パルジファル》より交響的抜粋 (ラインスドルフ編)
チャイコフスキー:
交響曲第 6 番《悲愴》
シュトゥットガルト放送交響楽団
hänssler CD 93.119
ゲルギエフのチャイコフスキーについて書こうとしていましたが、なかなか論旨がまとまらない。で、気分転換、出たばかりのノリントンの《悲愴》を聴いてみました。そしたらこちらの演奏の方が滅法面白い。ということで、今回もゲルギエフは見送りです。
モダン・オケにピリオド奏法を取り入れることは今では珍しいことではないと思いますが、それがクラシック界の趨勢であるというよりは、ベートーヴェンなど古典的な曲をやる際の一種のブームといった程度ではないかと思えます。誰が始めたことなのかは知りませんが、ノリントンは間違いなくそういった流れのパイオニアであり、いわばブームの火付け役と言えるのかもしれませんが、表現手段の一つの可能性としてのピリオド奏法ではなく、己の芸術的信念をもってピリオド奏法 (ノリントンは "ピュア・トーン" と言っているようですが) に打ち込んでいる指揮者であることは皆様もご存じでしょう。
そんな彼の新録音、ワーグナーとチャイコフスキー。どちらも現代では分厚い響きとグラマーなビブラートで飾られる作曲家ですが、ノリントンの "ピュア・トーン" で聴くそれらの作品は新鮮な印象を与えてくれました。といってもモダン楽器を使っているので、古楽器で演奏するほどの独特の音響にはなりませんが、ハーモニーの透明度は格段に良くなり、楽器の立ち上がりも明瞭。それだけ音に込められた意味も明確になったよう思えます。
ワーグナーの《パルジファル》からの交響的抜粋ですが、ラインスドルフの編曲はなかなか良くできています。編曲というと音楽に手が入っているように思えるかもしれませんが、要は管弦楽の見せ場のどこを使ってどう繋ぐかということで、第 1 幕や第 3 幕の前奏曲はもちろんのこと、1 幕の場面転換の音楽や、聖金曜日の音楽など見せ場となる部分はきっちりと堪能できるようになっています。ノリントンの演奏も、オケの音がスマートなので聴き誤りそうですが、かなりの熱演です。金管のエッヂの効いた重量級な音は迫力満点ですし、弦楽器と木管楽器の作り出す透明なハーモニーは、複雑で危険な和声を持つこの曲の魅力を如実に描き出します。ただでさえ厚ぼったくてまったりした《パルジファル》がスマートで精悍になり、色んなものが聴こえてくる秀演です。
チャイコフスキーも負けず劣らずの名演。ピリオドのチャイコフスキーだからと特に構える必要はなく、オケの音にちょっとメリハリがあって、透明感のある演奏くらいに考えておけばいいでしょう。冒頭のファゴットからビブラートがかかっていたり、管楽器は (《パルジファル》でも) ソロなどで所々ビブラートを使っています。ビブラートの排除を徹底している訳でないのは、歴史的な裏付けがあってのことか、それとも単に優劣の問題なのか。しかし弦楽器はストイックなまでにノン・ビブラートを貫いています。
第 1 楽章は、音のキャラクタや音楽の進め方がはっきりしていて、メリハリのある演奏に好感を持てます。ゲルギエフの演奏だと勢いは凄いのですが、何をどうしたいのかいまいち見えてこず、かなりフラストレーションが溜まっていたのですが、ノリントンの演奏を聴いて「う〜ん、やっぱりチャイコフスキーは良いなぁ」と胸のすく思いです。ノリントンも頭で振っているばかりでなく、特に第 1 楽章の再現部に激しい勢いのまま突入した後、指揮台を踏みならしたり、譜面台にぶつかったりと激しい指揮ぶりが聴こえる演奏で、聴いているこちらも熱くなります。ノン・ビブラートで聴く再現部の第 2 主題は実にすがすがしい。
第 2 楽章の有名な変拍子の舞曲ですが、優雅に流れるだけでなく、アーティキュレーションをはっきりさせちょっとゴツゴツした感じも出しています。《悲愴》はマーラーの 9 番と同じ構造をもっており、ノリントンもライナーでそのことに触れていますが、音でもそのことをどことなく印象づける演奏になっていると思えました。(余談ですが、《悲愴》の第 1 楽章のソナタ形式の破壊の仕方などマーラーに受け継がれていると思えますし、マーラーの 9 番と《悲愴》は、主題的にも似ている部分が散見されるのです。探してみると面白いかも。)
第 3 楽章は、細かい 3 連符がきっちり細かく聞こえる最適な速度でじわじわと展開していきます。このての曲で細かい部分まで聴こえることの快感は比類無きものです。がっちりしたマーチがどんどんとパワーアップしていき、最後 2 小節はついブラボーと拍手してしまいそうな充実感を作り出していきます。案の定終わった後ちらほらと拍手が聞こえるのはご愛敬か。
第 4 楽章は清楚な演奏です。ヴァイオリン対向配置なので、1st, 2nd Vn. に 1 音づつ分割された冒頭の主題は右に左にと揺れ動きます。シノーポリ盤でもそうでしたが効果は絶大で、不自然さありません。めまいを起こした感じがありありと伝わります。ステレオ効果を狙ったこの部分はやはりこうでなくては。"ピュア・トーン" で聴くこの楽章は、従来の厚ぼったい嗚咽の連続ではなく、思い詰めたため息のよう。でも内面の激しさは音に結実しており、爆発的なパワーも聴かせてくれます。終結部の第 2 主題 (第 2 楽章の主題を起源とする) は、その下に流れるコントラバスの拍動とともに、ホント悲愴な雰囲気を漂わせています。強い自責の念と自害への決意といった後戻りできない強固な意志とともに。
録音は、ワーグナーは 2004 年 7 月 10,11 日、ルートヴィヒスブルク宮殿フェスティヴァル・フォルム、テアーターザール。チャイコフスキーは 2004 年 3 月 10−12 日、シュトゥットガルト・リーダーハレ、ベートーヴェンザールに於ける、双方ともライヴ録音。自然な音響ですが、hanssler らしく若干抜けが悪い音です。チャイコフスキーの方がややメリハリある音。オケの配置は言うまでもなくヴァイオリン対向配置ですが、コントラバスは舞台最後列に横 1 列に並び、その両端にティンパニが、中央に木管、左がホルン、右がトランペット、普段コントラバスがいる位置にトロンボーンと、ヴァイオリン以外もシンメトリーな配置となっており、その辺も考慮しながら聴くとより一層面白みが増します。
ピリオドだからといって敬遠すると勿体ない演奏です。ピリオド奏法が様々な効果をあけでいるとはいえ、最後は演奏者の個性がやはりものを言う。解釈は斬新さより普遍的なものを感じる演奏でした。実験的な面白さと、それを超えた芸術的到達点の双方を兼ね備えた、素晴らしい演奏だと思います。
2004年11月26日 16:55
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