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ベートーヴェン:交響曲全集/ラトル [EMI]
交響曲全集/div>
サー・サイモン・ラトル指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
EMI 7243 5 57445 2 4
2002 年 4 月 29 日〜5 月 17 日、ウィーン、ムジークフェラインザールにおけるライブ録音。
最初にお断りしておきますが、私はベートーヴェンについては聞き込みが浅く、大して語る口を持ってません。ざっくりとした印象論になりますがお許し下さい。
ラトル/ウィーン・フィルのベートーヴェンは 5 番と 9 番がリリースされていましたが、9 番は全集からの先行リリースだったので、この全集に入っているものと同じものです。5 番 (チョン・キョンファとのブラームスのコンチェルトがカップリングになっているやつ) は 2000 年 12 月の録音でしたので、この全集の方は再録音されたものということになります。私は 2000 年の 5 番は未聴なので、比較することはできません。
ともかく目の覚めるようなベートーヴェンです。ウィーン・フィルなのですが、古楽器のような演奏をさせており(ストップ奏法という)、弦楽器の音が瑞々しく立っています。たぶんあまり高いポジションは使わないようにし、さらに開放弦も積極的に使っているのでしょう (一部の奏者のみ開放弦で弾くようにしているっぽいので違和感はありません)。ホルンもナチュラルホルン風にゲシュトップを使っている部分もあります(2 番、3 番、7 番など)。古楽器によるベートーヴェンはガーディナーの全集を持っていますが、音楽的な解釈としては「何も足さない何も引かない」的な演奏で、これは古楽器の新鮮な魅力を十二分に味わえる大変有り難い演奏なのですが、聴き終わった後は大して後味が残らないものでした。ラトルの演奏は、従来のロマン的なベートーヴェン演奏の延長線上に位置しながらも、解釈に新鮮みを与えつつ、さらに古楽的な味わいを加味したという感じです。古楽的な歯切れ良く細身で軽快な音それ自体が、ラトルの解釈と不可分な要素になっています。
まことに歯切れ良く軽快な演奏なのですが、音楽自体までは決して "軽く" はなっていません。軽いどころか攻撃的、それも統制を効かせた攻撃という意味で "スポーティー" といった感じ。フットワーク軽快で、シャープなリズム感、強いアクセントや軽いアクセントを使い分け、緩急自在に自然と目的のテンポに合わせてくる、実に目配せの行き届いた演奏。元気がいいだけでなく、3 番の 2 楽章などの緩徐楽章では深みのある表現が息づいております。これだけやりたい放題な演奏をすると普通のオケじゃあベートーヴェンじゃなくなりそうですが、ウィーン・フィルだからこそしっかりとしたベートーヴェンの音として成立できているんだと思います。もしこれがバーミンガム市響なら、ベートーヴェンの音楽ではなくラトルの音楽になっていたのでは (^^;。どちらにせよ、リハーサルおよび公演を重ね、解釈を熟成させ徹底させた結果為し得た演奏であることは間違いありません。実験的とも思える大胆さがあるのですが、表現としては完成されています。
全ての曲を細かく紹介は出来ませんが、ともかく全て面白かったです。古楽風ベートヴェン演奏に慣れ親しんでいる聴き手には、それほど大した演奏と映らなかったようですが、私には十分刺激的でした。この記事を書くために 1 番から順に聴き直していますが、全曲を一気に聴き通しても全然飽きません。特に奇抜なことをやっている訳ではないのですが、どの瞬間も音楽が生き生きとして絶えず変化していき、この先どういった展開になるのか、どういった驚きを与えてくれるか、楽しみでしょうがないです。暇さえあれば、聴いてみようと思ってしまいます。ラトルの巧さもさることながら、やっぱりベートーヴェンの凄さを思い知らされます。
特に、やっぱりというか、9 番の合唱の面白さといったら群を抜いているのではないでしょう。あまり書くとネタバレになるので書きませんが、『第九』というとあまりにもカンタービレ的な生ぬるいコーラスのイメージがトラウマのように付きまとうのですが、ラトルのコーラスはそんなイメージをきっぱりと払拭してくれ、多彩な仕掛けとともに、ひとつの表現としての合唱の存在意味を提示してくれます。ラトルのこの全集はベーレンライター版を使用していますが、勿論ベーレンライター版だからといって合唱にこんな指示が書いてあるわけありません。かなり過激なラトルの解釈な訳ですが、このあまり根拠の無さそうな解釈が滅法面白く、4 楽章だけ続けて何回も聴いてしまいました。それでも聞き飽きしません。この合唱の扱いは賛否両論あるでしょうが、「楽譜にこんなこと書いてないから駄目」といった偏屈な見方しかできない聴き手には、到底受け入れられないでしょうね。
この演奏を聴くと、従来のベートーヴェン演奏というものは、ベートーヴェンの範疇を超えて、遥に肥大化したワーグナー的なロマン派となってしまっていたのかもしれないという思いを強くします。ようやくベートーヴェンの交響曲が本来あるべき時代様式に帰ってきたということでしょう。でもだからといって、このラトルの演奏が即ベートーヴェンの時代の演奏とイコールだとも言えません。モダン楽器によるスケール感は古楽器によるそれとはかなり違いますし、過去の演奏の積み重ねがあってこその演奏だからです。これを聴くと、古楽器によるブリュッヘンやノリントンの演奏も聴いてみたくなりました。しかしながらそれらの演奏もまたラトルとはまったく違ったもののようです。ラトルと同じくモダンオケのストップ奏法によるノリントンの再録音、シュトゥットガルト放送響との全集にも興味があります(9 番は聴きましたが、いまいち中途半端な印象を受けました)。ともかく、重厚なベートーヴェンは今後トレンドではなくなっていくのが時代の流れなのでしょう。
この CD の最大の問題はケースにあります。紙ジャケットと、演奏会で売られる豪華版プログラムようなオールカラーでガッチリした装丁の解説書は良いですが、それを収納する引き出し式紙製 BOX が固くて、出し入れがかなりしづらいです。私の持っているものは接触部分のコーティングが既に剥げてきております。個体差はあるのかも知れませんが、この辺なんとかして欲しかったですね。国内盤はどうなのか知りません。
2003.5.6
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2003年5月 6日 11:29
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