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ショスタコーヴィチ:交響曲第 1・14番/ラトル [EMI]

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ショスタコーヴィチ:
交響曲第 14 番 Op.135
交響曲第 1 番 Op.10

サイモン・ラトル指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
カリタ・マッティラ(ソプラノ)、トマス・クヴァシュトホフ(バス)
EMI 0946 3 58077 2 1

 ショスタコーヴィチ・イヤーということでショスタコーヴィチの CD が続々発売されるのは嬉しいですが、完全なる新譜はそうそう多くないですね。それでも全部は買ってられない訳で、取捨選択を迫られる訳ですが、《惑星》からのラトル・ファンである私は、この新譜は買い逃す訳にはいきません。

 ラトルのショスタコーヴィチの交響曲は、録音としては過去に 10 番・4 番しかありませんでしたが、今回ようやく 14 番と 1 番が加わりました。10 番以外は割と日陰の存在のような作品ですが、傑作であることは間違いなく、ピリッとした良い選曲です。14 番と 1 番では 85 分程度かかりますので、CD 2 枚組になっていますが、値段的には 1 枚プライスですのでお得かもしれません。

 交響曲第 14 番は、弦 5 部 (5,5,4,3,5)・打楽器 (カスタネット、木魚、トムトム、ムチ (Flagello)、鐘、ヴィブラフォン、シロフォン、チェレスタ)、ソプラノ、バスという室内楽的で特殊な編成と、現代的でヒステリックな冷たい音響、全 11 楽章という交響曲離れした構成のため、なかなかショスタコーヴィチの中でも取っつきにくい作品でしょう。内容的にも「死」を扱ったものばかりで、後期作品群の暗く厳しく簡潔な書法と相まって、かなり絶望的な雰囲気にさせてくれる曲です。しかしその水墨画のような濃淡の世界は、強烈な技巧に支えられた至芸の極みで、何度聴いても咀嚼しきれないほどの深みをもち、さらに官能的な美しさすら湛えています。

 この曲の歌詞は西ヨーロッパの複数の詩人のものが使われており、そのロシア語訳をもとに作曲されましたが、後にショスタコーヴィチ自身によるドイツ語版 (ケーゲル盤、一部楽譜と違うけど) と、それぞれの詩本来の言語 (フランス語、スペイン語など) に戻された版 (ハイティンク盤など) も存在します。ラトルの演奏はオリジナルのロシア語版になります。

 で、ラトルの演奏ですが、リズミックで切れ味のある演奏を期待していたのですが、その辺の期待は見事に裏切ってくれました。リズム感が悪いということはありませんが、結構甘めの演奏です。第 2 楽章の「マラゲーニア」は低弦が音を長めに演奏していたり、リコシェもあまり強調しないし、ヒステリックな感じにはほど遠いですし、第 3 楽章の「ローレライ」はテンポが遅く緊迫感が出ていません。第 8 楽章も然り。

 恐らく "重さ" を生み出したかったのではないかと思いますが、がっちりした重みを出すにしては細かい 1 音 1 音が流れてしまっています。変拍子が取りにくい曲なのでゆっくり演奏したのではないかとさえ聴こえてきます。但し、圧迫感はあります。細かい音でも和声がはっきり出ている点や、歌劇的な表現がされている点なども評価できます。要は、ヒステリックで鋭い印象を抑え、もうすこし「豊かな」音響を目指したのではないかと思います。

 第 5 楽章の「心して I」では《兵士の物語》的で冴えています。第 7 楽章の「ラ・サンテ監獄にて」や、第 9 楽章「おお、デルヴィーク、デルヴィーク!」以降も、凄いという程ではないですが、ちゃんとやることはやろうという丁寧さが見える真面目な演奏に好感が持てます。

 ショスタコ聴きとしては物足りなく、理想の演奏とはなっていませんが、それでもラトル/ベルリン po. ですし、歌手ふたりも力演を見せており、演奏自体は見事です。凍てついた緊張感というより、熱帯夜のような漆黒のなま暖かさという感じで、ロシアの演奏家による演奏とは方向性が違いますが、いわゆる "西側" という括りの中では良い出来でありますし、あまり構えずに聴けるコンビニエンスな演奏として聴き応えはあるでしょう。ロシアの団体の演奏は辛気くさくて…という人には、良い選択肢となるでしょう。

 カップリングの交響曲第 1 番ですが、演奏内容的にはこちらの方が面白く聴けました。第 1 楽章の冒頭から、かなり独特なアゴーギクを付けており、ダイナミクスも楽譜に無い抑揚をかなり持たせています。こういうのは趣味悪いと思うこともありますが、ラトルの演奏ではどのように処理するのかという興味の方が先に立ちます。極端なアゴーギクはそれこそ冒頭のみですが、全体的に細かく作り込まれていて、第 1 楽章のナイーブなメランコリック感、第 2 楽章の荒々しさとオリエンタルな静けさの同居性、第 3 楽章のワーグナー的なヒロイック感など、的確に表現されています。で第 4 楽章では、ラトルが久しぶりに感情的に音楽をコントロールしている様を聴きました。切れ味の良さ、曲想の変化の具合など聴き応え充分で、かなりの熱演となっています。

 第 1 番は 2005 年 6 月 15-17 日、第 14 番は 9 月 16-19 日、ベルリンのフィルハーモニーにおけるライヴ録音。先回紹介したサラ・チャンとのヴァイオリン協奏曲集の録音と同じ日による録音なのですが、音の傾向はまるで違います。第 14 番は録音レヴェルが若干低いものの、バランス感は良く、弦楽器はかなりオンマイクですが立体感や奥行きも充分あります。打楽器の粒立ちも良く、独唱も堅くならずふくよかです。第 1 番はさらにほど良いホールトーンを伴っており、なかなか良い録音。EMI のラトル/ベルリンの録音の中では最高ではないでしょうか。録音に危惧を抱いている方は、その点は安心して聴けるでしょう。

 ヴァイオリン協奏曲の方も、同じ日の録音ということを念頭にして聞き直してみましたが、そう言われれば音質的には確かに同じように聞こえます。プロコフィエフよりショスタコーヴィチの方が残響が豊かなのは、第 1 番と同時に録ったためとすれば納得できます。しかしソロの録音レヴェルが高いために、オケもバランスを取るために補助マイク大活躍で細部をクローズアップしたミキシングになっており、このため却って大味になったように聞こえます。編成が大幅に違う曲を (ホルンの位置も交響曲と協奏曲では変えていたり) 同一の演奏会で収めたためのしわ寄せが、ヴァイオリン協奏曲の録音の方へ来たのでしょう。

 14 番だけではちょっと物足りないアルバムですが、1 番の名演のお陰で買って損は無いアルバムになったと思います。14 番も、ロシアロシアしない方向での秀演ですので、そういうつもりで聴けば、充分楽しめるのではないでしょうか。

Producer: Stephen Johns
Balance Engineer: Mike Clements


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2006年5月16日 15:57

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