« マーラー:《嘆きの歌》 聞き比べ | カバーページ | バルトーク:《中国の不思議な役人》、ストラヴィンスキー:《春の祭典》他 サロネン/ロス・フィル [DG] »
ホルスト:惑星 (冥王星付き) 他/ラトル [EMI]
ホルスト:惑星 op.32
マシューズ:冥王星、再生を司る者
サーリアホ:小惑星4179 - トータティス
ピンチャー:オシリスに向かって
ターネイジ:ケレス
ディーン:コマロフの墜落
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン放送合唱団
EMI 0946 3 59382 2 7
クラシックを聴き始める切っ掛けとなる音楽は色々あるでしょうが、やはり《惑星》《チャイ5》《新世界より》《春の祭典》あたりはその中でも人気の作品ではないかと思います。私も初めて買ったクラシックの LP がラトルの《惑星》でした。小中学生の頃は天文マニアでしたし (^^;。いまでこそ CD は雑誌感覚で消費してしまっていますが、この当時は 1 枚のレコードをしつこく何回聴いたことか。その思い出の作品が約 25 年ぶりに再録されました。なんか四半世紀ぶりの旧友との再会という感じで、感慨深いものがあります。まあ個人的な思い入れな訳ですが。
さて実際に聴いてみますと、ラトルのデビュー当時の解釈と大差ないのに驚くとともに、安心感をもって接することができます。この曲はイギリス民謡寄りの解釈も可能な訳ですが、ラトルは一貫して宇宙的でスペクタキュラーな解釈であるようです。タイミングを比べてみても大きく違いはありません。しかし旧盤を引っ張り出して聴き比べてみると、旧盤の方が生気を感じる演奏に思えます。特に『火星』は旧盤の方がテンポが速く、メリハリもあります。またフィルハーモニア管のイギリス的な鳴りの良さも曲に活気を与えています。また各フレーズのキャラクターの立ち方も、旧盤の方が判りやすくしっかりしているように聴こえました。
だからといって新盤が駄目かというとそうとも限らないです。まあ EMI の録音の限界もありますが、弱音の透明感ある美しさは良い雰囲気を出しており、『金星』や『水星』はかなり魅力的に響きます。また逆に、旧盤は映画音楽的で判りやすい門切り型の演奏と思うなら、新盤はしっかりした "クラシック音楽" になっていると言えそうで、第 1 楽章と第 5 楽章の動機的類似点や三全音への偏愛ぶりとか、3 楽章と 6 楽章のリズムの類似性などなど…、単にオーケストラ・ショーピースとして聴くのみならず、音楽構造なんかもつい考えてしまいたくなるような演奏になっています。つまり、よくあるゴリ押し的でオケの機能性を披露するだけの《惑星》ではなく、8 楽章構成 (『冥王星』もあるので) の交響曲のように、腰の据わったじっくり聴き込める音楽のように思えるのです。後半 3 楽章「天王星−海王星−冥王星」がアタッカで繋がっているのも、そういう意味で頷けます。派手なだけの演奏なら、それだけでお腹いっぱいになってしまいますが、ラトルの演奏は「《惑星》を聴く楽しみ」を思い出させてくれ、他の《惑星》にも思わず手を伸ばしたくなる楽しさがあります。
『冥王星』は、ご存じの方も多いでしょうが、2000 年にケント・ナガノがイギリスの作曲者でホルスト協会の会長でもあるコリン・マシューズに作曲を依頼した作品。終曲『海王星』に続けて演奏するように書かれています。ホルストの《惑星》に『冥王星』が無いのは、《惑星》作曲時にはまだ発見されてなかったため。でもホルスト存命中には発見されているので、《惑星》に追加しなかったのは、音楽的にその必要が無いと判断したのでしょう。
マシューズの『冥王星』は、『天王星』のフェードアウトする女声コーラスからヴァイオリンの高音に繋げて始まります。全体は 5 拍子で、これは 5 拍子で始まり 5 拍子で終わる《惑星》の構成を継承した結果でしょう。また《惑星》で 5 拍子というとそれは《火星》の印象が強く、占星術でいう冥王星が "完全な消滅と、完全な創造を司る" ということで火星同様破壊を意味しており、最初に戻るという音楽的な連環を作り上げているのだと思います。しかし天王星の破壊は、火星のような戦争とは違い、圧倒的なパワーで全てを一気に無にするという核兵器的な力を取るようです (冥王星 Pluto はプルトニュウムの語源ですし)。マシューズの音楽も、確かに核兵器的で全てを原子に返すような決定的な暴力性があります。またこの曲の副題は「再生を司る者」となっていますが、これは恐らく一番最後に聞こえる一瞬の女声コーラスが象徴するのでしょう。プルートが目覚め再生を望めば、その再生の光は我々人類は目にすることは果たせない。最果ての惑星から送られてくる、現代社会への警鐘にも思える痛烈なイメージがあります。
オルガンも使われており、中間部には『水星』の明滅するリズムを想起させるリズムも聞こえるなど、ホルストの作品との関連した部分もあるものの、あくまでも音楽は現代曲で、ホルストが作りそうな音楽にはしていませんし、民謡調な部分もありません。感じとしては、ジョン・ウィリアムズの『未知との遭遇』や『宇宙戦争』にある現代音楽的なスコアみたい。しかし《惑星》も、機能和声は崩壊しており無調にも足を踏み入れているので、続けて聴いても意外と違和感なく聴けたりします。これを無理にホルストと同じ土俵にあがろうとしていたら失敗していたかもしれませんが、現代の語法によるオマージュとしてやんわりと続けたことで、新しもの好きの指揮者にうまくコミット出来たのかもしれません。
ラトルの演奏は、他に比較するものを持っていませんので何とも言えませんが、《惑星》全曲を一つに固めたかのような密度感をもつ演奏で強烈です。これは他の新作 4 曲の演奏にも言えることですが、まったく隙のない演奏で、訳が分からなくなっている部分は皆無、オケの技術にも不安定さは無く、この曲の真価を確実に伝えていると思わせます。『冥王星』は Faber から $16 程度でスコアが発売されているので、研究してみたいと思います。
2 枚目の CD には、今回のこのベルリンのプロジェクト Ad astra (宇宙へ) のもう一つの目玉である、4 人の作曲者による宇宙を題材にした委嘱作が収録されています。《小惑星4179:トータティス》は 、地球軌道の内側まで楕円軌道をえがいて公転しているため地球との衝突も考えれている、1989 年に発見された小惑星トータティスを題材にした音楽。音楽にはトータティスが最接近したときの様子を描いているのでないかと思われます。
《オシリスに向かって》のオシリスはペカスス座にある惑星で、太陽系外惑星で初めて大気の存在が確認された惑星。生命に関わりある酸素や窒素が見つかっていますが、しかし中心星に近いため大気温度は 1,200 度にも達するとのことです。古代エジプト神話のオシリスは、冥界の王として死者を裁く神。打楽器や金管の即興演奏的な激しい曲。
《ケレス》は、人類が初めて発見した、小惑星帯の中では最大の小惑星ケレスと、地球の衝突の危機 (ハルマゲドン) を描いているらしく、クラリネットがせわしく装飾する旋律と、トロンボーンのシンコペーションという二つの要素がぶつかり合い離れていく様子を描く。ジャズっぽい語法で描かれるトロンボーンは恐らくケレスを意味しており、一定の情景を保ったまま不気味に近づいてくる。それに対し地球上では徐々にパニックが増していく。どことなくアイヴスの《答えのない質問》風の展開。最後はトロンボーンが勝っているので、地球滅亡?
《コマロフの墜落》は、有人宇宙飛行初の犠牲者、宇宙飛行士ヴラディーミル・コマロフについて描いたものです。コマロフが乗せられたソユーズ 1 号は、203ヶ所もの欠陥が判りつつも、ロシア革命 50 周年に花を添えるべく打ち上げが強行された宇宙船。周回軌道に乗ったものの幾多のトラブルのためミッションはキャンセル。ローテクな方法で機体を操り、なんとか大気圏への再突入を成功させます。しかし着陸用のパラシュートが開かず着陸に失敗、コマロフは帰らぬ人となりました。音楽はその再突入の様子を写実的に描いているようで、緊張感が増大していくサスペンス・スコアです。以上 4 曲の中では、《ケレス》と《コマロフの墜落》が面白く聴けました。どれも『冥王星』と同じような作風で、いきなりミニマルになったり、普通の調性音楽になったりはしません。
2 枚目の CD はエンハンスド CD になっており、10 分程度の動画コンテンツも収録されています。ラトルのインタビュー、ベルリン・フィルのリハーサル風景、作曲者からのコメントが収録されていましたが、ごく僅かしかないリハ風景以外は、まあどうでも良い内容。付属のビュアーは操作性が悪いので、/Simon Rattle/data/qts/video1.mov を直に見るのが良いでしょう。
録音は 2006 年 3 月 15-18 日、ベルリンのフィルハーモニーでのライヴ収録。旧録《惑星》よりはかなり聴きやすい音ですし、過去のラトル/ベルリン po. の録音と比べれば上手く録れていますが、《惑星》というオーディオマニア向けの作品としては及第点も貰えないでしょう。上も下も伸びきっておらず、粒立ちは甘く、音場感も希薄。バス・フルート、バス・オーボエなどの特殊楽器も特徴なく、オルガンも存在感無し。まあ、とても聴いてられないという程ではありませんが。
この CD を買った人も《惑星》以外はあまり聴かないんじゃないかと思いますが、ホルストの《惑星》という孤高の星に、他の星をくっつけて新たな星座を作りあげた Ad astra プロジェクトは、音楽史的になかなか面白い試みだったのではないかと思います。『冥王星』だけが浮いてしまう事態も回避できますし。なんだ現代音楽じゃ〜と思われるかもしれませんが、どれも表題性に富んだ作品なので、その表題を押さえてしまえば結構楽しめるんじゃないでしょうか。そういう意味でなかなか面白いアルバムです。
追記:なんと国際天文学連合による惑星の新しい定義によって、冥王星は惑星ではないということになりましたね。で、asahi.com によると、
『 東芝EMIは23日、ベルリン・フィル演奏のホルストの組曲「惑星」に楽章「冥王星」を加えたCDを発売したばかり。ホルストの作曲当時、冥王星は未発見で、この楽章は00年に英国のコリン・マシューズ氏が作った。同社クラシック担当の児玉洋子さんは「今後『冥王星』を加えて『惑星』を録音することはないでしょう。貴重なCDになりました」と話す。』というコメントが載っており、つい吹き出してしまいました。いやいや全然貴重じゃないですから。もしも「ホルストが作った『冥王星』が発見された」とかいうならマシューズ危うしですし、ラトルが「CD から『冥王星』を削除してくれ」とか言ったんならそれこそ話は別ですが、今後ホルストの《惑星》にマシューズの『冥王星』を付けて演奏するかどうかは、いぜん演奏家の判断に任されていることには変わりない訳で、いくらなんでも今後まったく録音されないってことはないでしょう。ま、ようやくこのラトル盤が『冥王星』付きの演奏をポピュラーにする流れを作り出そうという矢先だった訳で、それに水をさされた感はあるでしょうが。
しかし、いかにも冥王星入りの《惑星》はこれが最後です!!みたいな風説を流して商売するのは、初回限定とかいって買わせておきながらあとから廉価盤が出る見たいな、アコギで恥知らずな商法にも思えますよ。東芝EMIの担当はグッドタイミング〜♪とか思って、勢いで言っちゃたのかも知れませんが、ちょっとタイミングがずれれば大恥かいてたところでしょうに。
冥王星が惑星かどうかは定義だけの問題なわけで、男だと思っていた人が実は女だったとかいうのではなく、本質的に冥王星には何の変化もないわけです。太陽の周りを廻る天体という事実はなにも揺らいでません。それでいいんじゃないでしょうかね。
|
Holst: The Planets / Rattle,Simon (@tower.jp:1,924-)
|
2006年8月 4日 15:26
この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.0) 投票人数:(371)
« マーラー:《嘆きの歌》 聞き比べ | カバーページ | バルトーク:《中国の不思議な役人》、ストラヴィンスキー:《春の祭典》他 サロネン/ロス・フィル [DG] »
トラックバック
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。
トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメントがありましたらどうぞ
メールアドレス・URL は必須ではありません。コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。