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バルトーク:《中国の不思議な役人》、ストラヴィンスキー:《春の祭典》他 サロネン/ロス・フィル [DG]
ムソルグスキー:《はげ山の一夜》(原典版)
バルトーク:《中国の不思議な役人》(演奏会版)
ストラヴィンスキー:《春の祭典》(1947年版)
ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
DG 00289 477 6198 [SACD+CD]
DG と専属契約を結んだサロネン。今のところ自作自演盤程度しか目立ったリリースはありませんでしたが、ようやく本格始動というところでしょうか。なかなか興味深い選曲がされています。なかでも《はげ山》が浮いている気がしますが、ウォルト・ディズニー・ホールと《春の祭典》ということで『ファンタジア』つながりらしい。サロネン曰く「西ヨーロッパの作品でありながら、ロシア民謡やハンガリー民謡などを背景に持つ作品集」というが表ネタのようですが。
《はげ山の一夜》は最近よく演奏されるようになった「原典版」によるものです。アバド盤で聴いたときは、がさつで取り留めのない曲だなと思いましたが、このサロネンの演奏はその印象をまるっきり覆してくれました。ただただ派手で野暮ったく聴こえたのは、どこまで行っても雰囲気を変えられなかったアバドに原因があった訳で、サロネンはなかなか上手く曲の多彩な稜線を描き出しています。リムスキー=コルサコフの編曲版ほど洗練されている訳ではありませんが、そこまでしてしまうと原典版でやる意味が無くなるので、ちょうど良い按排だと思います。ムソルグスキーの荒っぽさと見事なドラマ性を兼ね備えた良演。
《中国の不思議な役人》は全曲版で聴きたい作品ですが、今回は「演奏会版」(いわゆる組曲版) です。「演奏会版」というのは、マンダリンが少女を捕まえようと追いかけっこを展開する前半部分から、2 箇所短いカットを施し、コーダを付け加えた音楽です。《中国の不思議な役人》の音楽は《春の祭典》からの影響が色濃く、比較して聴くには良いカップリングですが、あからさまに似ている部分はカットされた後半部分すぐに登場する Pesante の部分ですし、また音楽的にも斬新な部分は後半に詰まっているので、やっぱ全曲を聴きたかったですねぇ。まあ《春の祭典》からの影響は、全曲に浸透しているので、その点は十分味わえますが。
しかしこの演奏の特徴は、なんと言っても 2000 年刊行の新版を使っている点でしょう。一般的に 2000 年版は後半部分が 30 小節ほど増えているのを特徴としているのですが、前半部分のみでも違いは生じています。ヒアリングで確定できる部分は、「第一の誘惑のゲーム」でチェロのトレモロにアクセントが入るかどうか([3'43"]以後 3 回)、「第二の誘惑のゲーム」のソロ・クラリネットの音違い(F→F#にする)[7'03"]、マンダリン登場のシーンで駆け上がるトランペットの最高音が一つ少ない[11'01"]、マンダリンが入場したシーンでチューバーが下降短三度グリッサンドをしない [11'05"] などです。この中で一番目立つものは 2 番目のクラリネットの旋律なのですが、サロネンはこれだけは採用しなかったようです (同じく 2000 年版を使っているロバートソンの演奏もここは旧版を採用)。だからといって旧版とたいした違いはないので、それがどうした、と言われればそれまでですが、2000 年版の録音に飢えていた私は、これを聴いて「ウォー2000年版だー」と唸ってしまいました。それだけに尚更全曲聴きたかったです。
ちなみに従来版と 2000 年版の比較はこちらの記事をご覧下さい。
演奏は、アバドのような冷たく劈(つんざ)くようなものではなく、ショルティのような民俗的な土臭いものでもなく、ブーレーズやロバートソンのような都会的でスマートな演奏です。その分物足りなさを感じるのも同様。特にあまり割らない金管 (直管族) は、金管吹きとしては面白くないのですが、弦や木管が上手いしバランスは良いので、聴き劣りするというほどではありません。実に丁寧な演奏で、普通の指揮者なら無視してしまいそうなダイナミクスの差もキッチリと表現しています。例えばマンダリンが通りから階段を昇ってこようというシーン。普通トロンボーンの旋法的な旋律を強調してしまうのですが、スコアの指示は p なのです。その他の装飾音の方が大きく聞こえるよう書いていおり、これは通りから入ってくるマンダリンを二階の部屋の中から見ている(で、見ている方はパニクってる)という遠近法なのです。サロネンはこのダイナミクスによる遠近法をキッチリと出し、それでいてトロンボーンが埋まってしまわず緊張感を持続させている。このような演奏はそうそうお目にかかれません。特に大胆にテンポを揺らしたりとか、演出めいた演奏ではありませんが、誘惑のゲームのクラリネットなどのルバートなど豊ですし、終盤の盛り上がりもしっかりしている、メリハリのある、聴く者を引きつける演奏です。
《春の祭典》は '89 年にフィルハーモニア管との録音がありますので、再録音ということになります。フィルハーモニア管との演奏は非常にアグレッシヴでテンポの速い演奏。若々しさに溢れた演奏というところで、良くフィルハーモニアもこれについて行けたなと感心してしまうのですが、その為に内容的な深みには欠ける演奏と思いました。今回のロス・フィルとの演奏は、それに比べると落ち着いた感じで、テンポや表現など限りなく中庸と思えるものでした。その分音楽的な深みが増した…と書きたいところですが、それほどでもなく、没個性的な、《春の祭典》らしい《春の祭典》として聴けます。旧盤で特徴を作っている解釈はほぼ新盤でも行っており、より円熟味を増した演奏になっているというべきなのかもしれませんが、《中国の不思議な役人》で聴かせてくれたものからくる期待感には、ちょっと及ばなかったかというのが正直な感想です。
録音は 2006 年 1 月、LA, ウォルト・ディズニー・コンサート・ホールでのライヴ収録。CD+SACD ハイブリッドですが CD レイヤーで聴きました。低域がふくよかで高域はナロー、肌理は細かく解像度もそこそこな音です。DG のハイブリッド盤は大体こんな音が多い感じですかね。ウェットな雰囲気ですが癖のない残響で濁りがありません。ホールの特性なのでしょうか、綺麗な音です。空間の広さや奥行き感は反射音ではなく低域の埋め方が出しているようで、SACD で聴くともっとくっきりとするのではないかと想像します。
久しぶりにサロネンを聴きましたが、派手さは無いものの安定感のある確実な音楽を作るようになったと思いました。そこはサロネンなので、ショルティやハイティンクのような職人気質な堅牢さとは違いますが、バランス感覚に優れた「免震構造」のようなフレキシブルな安定感があると思います。それでいて曲の面白い部分をパッと出すサービス精神(?)もあり、つまらない演奏ではありません。《春の祭典》は耳タコだと言うマニアな方には "可もなく不可もなく" というランクの演奏かもしれませんが、この調子で他の作品もやってくれれば、なかなか侮れない存在になりそう。今すぐファンになるというほどではないですが、今後の活躍に大いに期待させる 1 枚でした。
Producer: Valerie Gross, Recording Producer: Sid McLauchlan, Tonmeister: Rainer Maillard, Recording Engineer: Fred Vogler
@tower.jp
サロネン《中国の不思議な役人》《春の祭典》[DG]
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2006年9月12日 18:06
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コメント(1)
投稿者 高石宗典 : 2007年7月17日 20:55
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トーマス、サンフランシスコSOとの互角勝負の演奏です。フィルハーモニーとの演奏が野暮ったく聞こえるほどです。特に両者とも「いけにえの踊り」では最高です。スコアを読みながら聴くとリズムと間のよさが明らかになります。ゲルギエフとかブレーズの世評が高く、野蛮とクールに引き裂かれますが、「春の祭典」はそのどちらでもありません。そのことをトーマスとサロネンは教えてくれます。