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シノーポリ私的ディスコグラフィ Part 3
初期の 6 つの歌
さすらう若人の歌
交響曲第 2 番《復活》
フィルハーモニア管弦楽団、フィルハーモニア合唱団
ベルント・ヴァイクル (Br: 6 つの歌)、ブリギッテ・ファスベンダー (Ms: no.2, 若人)、ロザリンド・プロウライト (S: no.2)
'85.9 ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン、'85.1 オール・セインツ・チャーチ、ロンドン (6 つの歌)
415 959-2 [DG]
マーラー篇を参照して下さい。
交響曲第 6 番
交響曲第 10 番《アダージョ》
フィルハーモニア管弦楽団
'86.9 (No. 6), '87.4 (No. 10) ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン
423 082-2 [DG]
マーラー篇を参照して下さい。
《蝶々夫人》
蝶々夫人:ミレッラ・フレーニ、B. F. ピンカートン:ホセ・カレーラス、スズキ:テレサ・ベルガンサ、シャープレス:ホアン・ポンス、ゴロー:アントニー・ラチウラ 他
フィルハーモニア管弦楽団、アンブロジアン・オペラ・コーラス
'87.4 ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン
F95G 20242/4 [DG]
非常に劇的な《蝶々夫人》。プッチーニの濃縮された小宇宙をくっきりと色彩豊かに描き出しています。ドラマの表出があまりにも鮮明なため、第 1 幕後半で僧侶が「チョチョサーン、チョチョサーン」と現れる場面など盛り上がりすぎて恥ずかしく感じるくらい。まこれはシノーポリは良い仕事をしているだけで、責任はプッチーニにあると思うのです (もともとこの作品は、変な日本語が多く出てきて、作品に集中できません。さらに内容が具体的なのでたちが悪いです)。カレーラスは歌唱はすばらしいですが、ピンカートンの性格として役に合ってないよう思えます。カレーラスが歌うと堅実実直だけが取り柄の頭の空っぽな小役人って感じで、売春が目的の船乗りという感じがしません。しかしこれを好意的に受け止めると、ピンカートンも悪意があった訳ではないという意味にもとれます。騙されたという印象をあまり受けないおかげで、蝶々さんはいつまでも待ち、一人で喪失感を深め、パラノイア的になっていく状況が浮き彫りにされます。シノーポリは心理劇として絶妙な解釈を見せ、音楽が美しいだけでない、本物の音楽劇を作り出しています。
Production:ギュンター・ブレースト、Recording Supervision:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
交響曲第 4 番《ロマンティック》(Version 1880, rev. 1886 ed. Nowak)
シュターツカペレ・ドレスデン
'87.9 ルカ教会、ドレスデン
423 677-2 [DG]
シノーポリのブルックナーはあまり成功していないと思いますが、この 4 番はそれでも面白く聴けます。シノーポリはブルックナーに潜む 2 項対立的なものを引き出そうとしているように思えます。シノーポリにかかると例の 2+3 の "ブルックナー・リズム" も 2 拍子と 3 拍子に明確に分けられ、素数同士による天と地のような対立が際立ち、いびつなフォルムとして提示されてしまいます。"ブルックナー・リズム" は 2+3 は 3+2 に変換可能で、4 連符と 6 連符が同時進行するような親和性を示すものですが、シノーポリはことさらぶつけるようにしており、考え方の違いを感じます。また、まるでワーグナーを扱うかのような劇性を曲から絞り出そうとしており、光対闇、神(自然)対人間、男性的対女性的といった要素のドラマを描こうとしているよう思えます。純交響曲として聴くとくどいように思えますが、シノーポリの狙いを受け入れようと思えば、面白い演奏ではあります。ルカ教会の音は、残響が美しく聴き応えがあります。
Production:ギュンター・ブレースト、Recording Supervision:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
交響曲第 3 番《神聖な詩》
交響曲第 4 番《法悦の詩》
ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
'88.1 ニューヨーク、マンハッタン・センター
スクリャービンの作品は技巧的な割に稚拙な内容で、作曲者が言うほど凄いものとは思えませんが、それでもダイヤの原石のように、磨き方によっては面白く聴けてしまう不思議な可能性を持った作品。スコアを見るとまず聞こえないあまり効果的とは言えない音符が多く、ダイナミクスやテンポの点でも、演奏を前提にして考えると問題点がかなり多い。それをどう指揮者が処理するかで、曲の印象がまるで変わってしまいます。シノーポリの演奏は、音楽の流れが判りやすく自然で、《神聖な詩》はリスト風、《法悦の詩》はまるで印象派かストラヴィンスキーの《火の鳥》を聴いているような安心感があります。それでも (だからこそか) ダサイ主題は隠しようもなくより一層ダサク聴こえ、《神聖な詩》なんてトラウマになりそうです。シノーポリが悪い訳ではありませんが…。ニューヨーク・フィルも大健闘していますが、録音の関係もあってか音が厚ぼったいのが残念。しかしスクリャービンの交響曲を聴く人には避けられない演奏であることは確かでしょう。
Producer:ギュンター・ブレースト、Recording Engineer:ヴォルフガング・シュテンゲル、Barance Engineer:クラウス・ヒーマン
ヴァイオリン協奏曲第 1 番 ト短調 op. 26
メンデルスゾーン:
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op. 64
ギル・シャハム (Vn)
フィルハーモニア管弦楽団
'88.8,12 オール・セインツ・チャーチ、ロンドン
ギル・シャハムのデビュー・アルバム。シャハムとシノーポリのコンビは、この後もう 2 枚、協奏曲の CD を残しており、その相性の良さは抜群です。シャハムの素直で伸びやかなヴァイオリンに、シノーポリも明るい音色で応えて、実に気持ちの良い音楽を奏でています。私はこの辺の曲はそんなに何枚も持っている必要がないと思っていまして、この曲もこれ以外は持ってないのですが、この 1 枚があれば充分だと思います。シャハムのヴァイオリンになんら不足は感じませんし、シノーポリの伴奏も巧い。脇役に徹しつつも曲のカラーを鮮明に放ち、ソロとの絡みも絶妙のバランスで、オケが前面にでる場面ではソロが作り出した音楽をしっかりと受けてくれ、さらに雄弁です。ソロに花を持たせつつも、全体としてしっかりとシノーポリの音楽にしているあたり、流石だと思います。特にメンデルスゾーンは、いわゆる《メンコン》としてではなくメンデルスゾーンの作品として咀嚼、成立させているように思います。
Producer: Dr. スティーヴン・ポール/ヴォルフガング・シュテンゲル、Barance Engineer:クラウス・ヒーマン
交響曲第 6 番
《ロメオとジュリエット》
フィルハーモニア管弦楽団
'89.8 オール・セインツ・チャーチ、ロンドン
429 740-2 [DG]
そこはかとなく屈折した雰囲気のあるチャイコフスキー。ストレートに盛り上がる部分は無く、常に夢見心地だったり悪夢的だったりと、非現実的なデフォルメが覆い尽くしています。第 1 楽章の展開部での 16 分音符のうねりなどは潜在意識に揺さぶりをかけてきます。再現部の分厚い音響も何度もクレシェンドを効かせ、さらに悲劇性に追い打ちをかける様に圧倒されます。第 2 楽章はややゆったりめのワルツで、幻想的な雰囲気。《幻想交響曲》の第 2 楽章のようです。中間部のリズムは心臓の拍動のよう。ここは終楽章のコーダでため息のように再現される重要な部分です。第 3 楽章は発音の重いマーチで、"終楽章のような" 演奏ではありません。爽快な演奏ではなく、終楽章を目指す《ボレロ》のような上り坂、もしくは《断頭台への行進》を彷彿とさせます。終楽章は、まず冒頭の旋律がヴァイオリンの対向配置で効果的に聴こえます。悲愴であるとともに甘美さも十分表現された名演です。
《ロメオとジュリエット》はショーピース的な演奏ではなく《悲愴》のテンションをそのまま引き継いだ演奏となっています。"幻想序曲" の "幻想" の部分を強調した内容ですが、小綺麗にまとめることなく、どろどろとした面を併せ持つ、内面的なドラマに富んだ演奏です。
Production:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
交響曲第 1 番 変イ長調 op. 55
威風堂々第 1 番・第 4 番 op. 39
フィルハーモニア管弦楽団
'90.1 オール・セインツ・チャーチ、ロンドン (op. 55)、'91.2 ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン (op. 39)
431 663-2 [DG]
エルガーの 1 番は、懐の深い男性的 (父性的) 作品だという印象がありますが、シノーポリの演奏は実に女性的。堂々としてる主題もシノーポリの手にかかれば、繊細でセンチメンタルな面が浮き彫りにされます。でもこれが意外にも作品にマッチしていると思います。女性的といってもナヨナヨしている訳ではなく、ダイナミックでドラマチックな展開で、豊富な楽想をイマジネーション豊かに描出する手際も素晴らしく、シノーポリ自身かなりこの曲を面白がっているのではないかと思われます。エルガー好きからすれば「エルガーをまったく判っていない」と評価されてもおかしくないかもしれませんが、作品に新たな光を当てその結果が魅力を放つ、シノーポリらしい良い演奏だと思います。
カップリングの《威風堂々》は、アンコール・ピースのように開放的なフィルハーモニアの名演が聴かれます。シノーポリのバランスの作り方も巧く、要所要所に入るワサビも絶妙。第 1 番ではちゃんとオルガンも入っています。
Production:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
チェロ協奏曲 ホ短調 op. 85
チャイコフスキー:
ロココの主題による変奏曲 op. 33
フィルハーモニア管弦楽団
ミッシャー・マイスキー,cello
'90.3 ワトフォード・タウン・ホール、ロンドン
431 685-2[DG]
どちらも異演盤は私はほとんど持ってないので、他の演奏と比較してどうこうということは言えませんが、なかなか良い演奏と思います。どちらもマイスキーを中心に聴く曲と思いますが、マイスキーのチェロに不満はまったくありません。エルガーはデュプレの人間くさい演奏も良いですが、マイスキーらしい祈りを捧げるようなチェロも良いと思います。シノーポリのフィルハーモニアも美しくサポートしており、バランス感覚が見事です。というか、シノーポリのエルガーにマイスキーがソロで参加しているというような、それでいてソロの存在意義が十分ある統一感が素晴らしい。実に行間の多い、深遠な演奏。
《ロココ》はチャーミングな演奏。フィルハーモニアの柔らかい弱音が良い味を出しています。録音も透明感ある音で美しいです。
Producer:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
交響詩《ドン・ファン》op. 20
交響詩《英雄の生涯》op. 40
シュターツカペレ・ドレスデン
バイオリン・ソロ:カイ・フォーグラー
'91.9 ドレスデン、ルカ教会
435 790-2 [DG]
《ドン・ファン》は幾分ゆったりめの演奏ですが、これが《ドン・ファン》?というほどのスケール感でビックリ。華々しくて格調高い。深い残響も良い雰囲気を出しています。色っぽさや卑猥な感じはほとんど無く、純真な青年ドン・ファンという感じの演奏。
《英雄の生涯》は、この曲のベストではないかと思います。こちらもスケールの大きい演奏&録音で、貧粗になりがちのこの曲の主題ですが小澤みたいにチャチイ感じにならず、巨大な音響を堪能できます。そのくせ細かい部分も良く聴き取れ、様々なリズムパターンを強調したり、分析的にも様々なアイディアを示唆してくれます。複雑に絡み合った音響のなかでもしっかりと全ての線が聴こえ、無理にミキシングで拾っている違和感もほとんど無い奇跡の録音。ルカ教会に於けるトーンマイスター・ヒーマンの仕事は素晴らしいです。シノーポリの語り口も素晴らしく、ダイナミックで彫りの深い演奏を展開しており、デビュー当時の怪演を彷彿とさせます。『英雄の闘い』ではトランペットのソロになる部分も 2 本で吹かせているようで、普段なら薄く感じる部分も力強く効果的。テナーチューバがずっと 1 小節間違っているのが勿体ないですが。シュターツカペレの肌理の細かい木質の音も素晴らしい。
Producer:ヴォルフガング・シュテンゲル、Balance Engineer:クラウス・ヒーマン
2005年6月 3日 17:22
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