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マーラー:交響曲第 9 番 シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン [Profil]

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マーラー:
交響曲第 9 番
R. シュトラウス:
死と変容

ジュゼッペ・シノーポリ指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
Profil PH07004 (2CDs)

 1997 年 4 月 6 日、ドレスデン、ゼンパーオパーでのライヴ収録。シノーポリはマーラー 9 番をフィルハーモニアと 1993 年に録音していますので、約 4 年後の演奏会の記録ということになりますが、まったく別物の演奏に仕上がっています。演奏時間でみると、第 1 楽章 5 分、第 2 楽章 2 分、第 3 楽章 1 分、第 4 楽章 4 分、それぞれ長くなっています。そして私の手持ちのどのマーラー 9 番よりも聴感上遅い演奏です。これはオケが違うことでの差異と言うより、シノーポリのこの曲に対する音楽性が大幅に変わったという風に聴き取れるのですが、フィルハーモニアとの録音では演奏内容に比べて展開が早いと感じていたので、シノーポリの作り出す音と、速度が、しっくりはまるようになってきたとも言えるでしょう。

 マーラーの 9 番自体、聴き手のその日の心理状況や体調などで心地よいテンポが変わる音楽だと思います。MIDI で入力した経験で申しますと、作る日によって、早いテンポでしっくりくる場合と遅いテンポで聴きたいと思う心境の落差が激しく、数日前に作った部分が気に入らないということがほとんどでした。例えば冒頭の "不整脈" 動機ひとつ取っても、どんなテンポでも破綻せずかなり持ちこたえるので、逆に適切なテンポを見つけるのが難しい。

 しかしテンポを選択したらなそれに見合った音の調子というものがあるもので、そういう意味では "正しくない" テンポというのはあると思うのです。そして、マーラーの 9 番は、テンポに合った正しい音の調子を獲得しようとするなら、テンポ以上に調子を変えてこなくてはならない。これはオーケストラにとってかなり厄介です。本番で指揮者の顔つきが変わったら、それまで練習してきたものをご破算にする位の覚悟が必要です。バーンスタイン/ベルリン po. の例があるように、どんなに反応の良いオケでもこれはかなりリスキーです。(そういえば私がオケで演奏したときは、指揮者の機転で(^^;)、色んなテンポで練習させられました。)

 フィルハーモニアとの録音はどちらかというと正しくないテンポ。シノーポリとフィルハーモニアが作り出す音調に対してテンポが速く、もうちょっと粘りや間(ま)が欲しいと思える部分が多々ありました。シノーポリもやりすぎないように心がけているのか、抑えめで小綺麗な演奏になっていました。シュターツカペレとの演奏は、それとは逆方向に思いっきり目盛りを振った演奏。レコード化という制約が無いためか、実験的と思えるほど遅いテンポを採用し、変化も大胆につけています。フィルハーモニア管で聴かせてくれたものよりシノーポリの音調に相応しいテンポになっていると思いますが、今度は第 1 楽章の展開部のように、前に進みたいオケと齟齬を来す場面も。オーケストラとの意思疎通が上手くいってないといえばそれまでですが、結論としての演奏ではなく、可能性を実験している発展途上の演奏のように感じられます。

 この傾向が顕著なのは、やはり第 1 楽章。シノーポリの作り出す間(ま)にオケが耐えきれないでいる場面が多く、乱れも多いです。ひょっとするとリハではこんなに遅くなかったのかも知れません。しかしシノーポリの解釈としてはなかなか味わい深く、指揮者とオケの理解度が増せば、名演が生まれる要素があると感じました。再現部以降は調子をつかんだようで、聴き応えがあります。

 一番感銘を受けたのは第 2 楽章。フィルハーモニアとの 2 分の差は、ほぼ Tempo III の部分で消費されています。このかなりゆったりした Tempo III がなかなか絶品で、聴きようによっては《天上の生活》の雰囲気が生み出されています。また先の話しですが、第 3 楽章のトリオでは第 8 交響曲の柔らかな光も差しており、過去にマーラーが到達した二つの "高み" (世俗風な天上界と、聖母マリアの光) が第 9 番の 2, 3 楽章に現れるという構造は、かなり印象的であり、かつ象徴的です。それ以外の部分も、アンサンブルの乱れは結構ありますが、それを補って余りある演奏内容で充実しています。

 第 4 楽章は、顕著に遅いということではなく、フレーズを跨ぐ部分で粘りを効かせる演奏です。バーンスタインのような派手で感動的な演奏とは違い、渋く墨絵のような重厚な音楽です。聴きどころの多い良い演奏ですが、小節を跨ぐ部分で引き延ばされた弦楽器などが、棒読みのようになってしまっているところがあり、緊張感を持続し切れてないのが残念です。あと、後半で弦楽器にポルタメントではなく長いグリッサンドで弾かせている部分がありますが (この部分はフィルハーモニア管でも同じことをしていた訳ですが)、これはミスリーディングではないかと思います。

 カップリングの《死と変容》は、2001 年 1 月 10,11 日の録音。シノーポリが《アイーダ》の指揮中に倒れるのがこの年の 4 月です。《死と変容》はニューヨーク po. との録音がありますが、解釈はそれと寸分も変わらず、シュターツカペレにもまったく同じ事をさせています。しかしニューヨーク po. の方が激しく切れ味が良く灰汁の強い演奏、シュターツカペレはこなれた感じで押しつけがましくなく、しかもスケールの大きい演奏と、オケによる違いが聴き取れます。

 録音は、比較的新しい録音である割に、ナローで解像度が低く中低域がカブってこもり気味の音です。それだけならまだしも、トランペットの強奏で盛大な歪が発生、ノイズと化している部分が多く、これは救いようがありません。まあ一昔前の放送音源と思って聴けば聴けなくはないので、期待さえしなければ大丈夫です。《死と変容》も音質の傾向はマーラーと似ていますが、幾分クリアになっていて聴きやすいです。

 フィルハーモニア管との演奏も捨てがたいのですが、やはり内容的な深さでこのシュターツカペレの方が魅力的な演奏になっています。このライヴ盤が完全に負けていると思えるのは、録音と、ヴァイオリン対向配置でない点くらい。仕上がりもフィルハーモニア管の方が上かもしれませんが、内容が全く違うのでこれは比較にはなりません。シノーポリがあそこで死ななければ、第 2 のマーラー全集なんて話しもあったかもしれず、そしてそれはきっと旧盤を越えただろう可能性がここからは聴き取れるだけに、失ったものの大きさを再認識させられたディスクでした。商品化されていない名演はまだまだあるはずなので、どんどん発掘されていくことを願います。

HMV.co.jp: マーラー:交響曲第9番、他 シノーポリ&シュターツカペレ・ドレスデン

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2007年3月24日 22:29

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