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ブリテン:《戦争レクイエム》聴き比べ
ブリテン [DECCA]、ラトル [EMI]、ヒコックス [CHANDOS]、ガーディナー [DG]、マズア [TELDEC]
《レクイエム》といえばモーツァルトが有名だが、言うまでもなく、モーツァルト以外の《レクイエム》も数多く作曲されている。しかしながら、どれを聴いても、なんとなく『モツレク』の呪縛を感じてしまい、「やっぱりモーツァルトのが一番しっくりくるなぁ」とついつい思ってしまっていた。そんな幼い耳しか持ち得なかった私から『モツレク』の呪縛を解いてくれたのは、ブリテンの《戦争レクイエム》であった。
ブリテンの作品は数多いが、そのなかでも最高傑作がこの《戦争レクイエム》であろう。3管編成のオーケストラ(ピアノとオルガン含む)と室内オーケストラ、混声四部合唱、少年合唱、ソプラノ・テナー・バリトンの独唱という巨大な編成に、80 分を越す演奏時間。地味な印象のこの作品、マーラーの8番ほどには人気はないだろうと思うのだが、レコードの数は意外と多い。売れるからというよりは、やりたがる指揮者が多いのか。しかしながら今のところ各レーヴェルから1セットずつしか出てないようなので、レコード会社としてはカタログに1セットは欲しいがそれ以上は要らないという、そんな企画なのかも知れない。
まず簡単に曲の紹介。当然レクイエムなのでラテン語の典礼文がテクストとして用いられるのだが、その合間合間にイギリスの詩人オーウェンの「詩集」が挿入されている。戦争の悲劇(とひと言で書くといかにも安っぽくなってしまうが)を書き綴ったオーウェンの詩と「死者のためのミサ」を併置することにより、この作品は現代にまで通ずる命題を提議している。ラテン語の「ミサ」はソプラノ独唱と合唱団とオーケストラが、英語のオーウェンの詩はテナーおよびバリトン独唱と室内オーケストラがそれぞれ受け持つことで、音楽的なキャラクターを明確に分けている。大筋では「ミサ」の部分とオーウェンの部分は交互に独立して進行するのだが、5/16 拍子が印象的な5曲めの「アニュス・デイ(神の子羊)」では同じ旋律を交互に演奏したり、終曲の「リベラ・メ」の大詰めでは、合奏する部分もある。オーケストラの聴き所とかもふんだんにあるのだが、聴き所をいちいち書いているととてもじゃないが書ききれないので、とにかく、私の持っているレコードを年代順に手当たり次第に書いていく。

まずは 63 年録音のブリテンの自演盤(DECCA 414 383-2)。ロンドン交響楽団・合唱団、メロス・アンサンブル、バッハ・クワイア他、ガリーナ・ヴィシュネフスカヤ(S)、ピーター・ピアーズ(T)、ディードリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(Br)。やはりこのレコードはデファクト・スタンダードであろう。最近リマスターリングも行われ、貴重なリハーサル風景も 50 分ほど納められ、歴史的にも貴重なレコードとなった。それでも S/N はあまり良くなかったりするが、昔から誉れの高い超優秀録音であり、英デッカの名プロデューサーであったジョン・カルショーの最高傑作のひとつである。新ためて聴いてみると、ブリテンの指揮するオーケストラは非常に引き締まった音を出す。"イギリスの管"らしい密度の濃い鳴りっぷり。合唱も引き締まっており、巨大な編成にもかかわらず楽音が聞き取りやすく楽想が判りやすい。そして最強の独唱陣。ソプラノはドラマチックな部分が多く、男声は室内楽的でリリックな歌唱がメインであるが、ブリテンが作曲時から想定していた歌手たちだけに、はまり役である。特にピアーズの「アニュス・デイ」は美しい。室内オケはモノーラル的に右側に定位するが、リマスターリングでややステレオ的に聞こえるようになった。

次に 83 年録音のラトル盤(EMI CDS 7 47034 8)。バーミンガム市交響楽団・合唱団他、エリザベス・セダーストレム(S)、ロバート・ティアー(T)、トマス・アレン(Br)。これはまず録音が悪い。モノーラルかと思えるほど。オーケストラは遠くて残響の中に埋もれてる。録音のせいか演奏も辛気くさく聞こえる。聴いていると何げに不安で居心地悪い。オケも独唱も、いま一歩踏み込みが足りなく、安全な演奏に終始しているようだ。室内オケはオーケストラの手前に位置するように聞こえるがそのような配置は難しいし、ホルンの位置が逆になっているからフルオケのメンバーが演奏している訳でもなさそうだ。録音で作り出した音響だろう。ラトルはそろそろ EMI 以外とも仕事をして欲しいと思う。

91 年録音のヒコックス盤(CHANDOS CHAN 8983/84)。ロンドン交響楽団・合唱団他、ヘザー・ハーパー(S)、フィリップ・ラングリッジ(T)、ジョン・シャーリー=キルク(Br)。これは文句無しお薦めである。演奏はダイナミックにして繊細。この曲に付きまとう辛気くささが、このレコードからは感じられない。曲の奥深い味わいはブリテン盤には負けるかもしれないが、それ以外の盤よりは確実に勝る。そしてダイナミックさでは本家ブリテン盤を超えている。「ディエス・イレ」の後半部分、5拍子のディエス・イレ主題が戻ってくる部分の圧倒的パワーと推進力には鳥肌がたつ。室内オケは、オーケストラのメンバーが室内パートも演奏しているような配置に聞こえるが、録音的に作っているのかもしれない。録音も良い。この CD には《シンフォニア・ダ・レクイエム》と《英雄たちのバラッド》も収録されており、これらもダイナミックで良い演奏である。

92 年録音のガーディナー盤(DG 430 801-2)。北ドイツ放送交響楽団・合唱団他、ルバ・オルゴナソヴァ(S)、アンソニー・ロルフェ・ジョンソン(T)、ボジェ・スコヴス(Br)。ガーディナーという指揮者は好きなのだが、この録音に限ってはいまいちであった。急ぎ足だったり弛緩していたりで音楽的な密度が希薄になっている。ひょっとして室内楽的な緻密さを狙ったのかもしれないが、かえってこぢんまりとした印象になり、録音がエコーの多いスケール感を強調したものだけに、さらに的はずれなものになっている。ソプラノも苦しそうな歌い方で、聴く方も苦しい。独唱は全体的に力不足の感がある。室内オケは左奥にある。ガーディナーのブリテンはもう一枚 DG より出ており(「春の交響曲」他)、こちらは良い演奏でお薦めである。

97 年録音のマズア盤(TELDEC 0630-17115-2)。ニューヨーク・フィル、ウェストミンスター交響合唱団他、キャロル・ヴァネッス(S)、ジェリー・ハドレイ(T)、トーマス・ハンプソン(Br)。これは悪くはないのだが、取り立てて良くもない。強いて悪い点をあげればハドレイの歌唱力の低さ。これを演技でカバーしようとするから、例えば「アニュス・デイ」の単純な美しさが台無しになったりしている。あとはライヴ録音のためか全体的に低域不足で、スケール感が感じにくいこと。これで非常に損をしている。こちらも室内オケは左奥。

95 年録音のマーティン・ブラブィンス盤(Naxos 8.553558-9)。BBC スコットランド響、スコティッシュ・フェスティヴァル・コーラス他、リンダ・ラッセル(S)、トーマス・ランドル(T)、ミヒャエル・フォレ(Br)。スターがいなく地味な印象だが、それだけに手堅い演奏が聴ける。大味な気もしなくはないが、味の方向性は悪くなく、歌手もオケも指揮者もこれといって取り上げる点が無いにもかかわらず、最後まで飽きないで聴き通せる。録音もまずまずだが、左奥に展開する室内オーケストラが、もうちょっとクリアーに聞こえて欲しいと思った。メインのオケも、繊細なオーケストレーションを聴き取るには、いまいちもっさりしている。『ディエス・イレ』の最初のトロンボーンが微妙に外していて、何調?と思ってしまった。まあ、この内容でこの価格なら、買って損はない。
以上、お薦めの順位をつけると、ヒコックス、ブリテン、マズア、ガーディナー、ラトルとなる。
2000年6月 7日 00:06
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