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ショスタコーヴィチ:交響曲第 2 番・第 3 番/ヤルヴィ [DG]

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ショスタコーヴィチ:
交響曲第 2 番・第 3 番
バレエ「ボルト」組曲

ネーメ・ヤルヴィ
エーテボリ交響楽団・交響合唱団
469 525-2 (DG)

交響曲第2番

 2000 年 8 月録音。ヤルヴィのショスタコーヴィチ(交響曲)も Chandos のと合わせるとこれで出揃ったはずだ。重く暗い演奏をする印象のあるヤルヴィだが、ショスタコーヴィチでは逆にそれがマッチし、それなりに聴き応えのある演奏が多かった。

 2 番と 3 番は共に単一楽章構成で、実験的要素が多く、双方とも曲の後半に合唱が入るなど、兄弟のように血を分け合った作品。2 番は「二月革命」3 番は「メーデー」という表題があり、そういう点でも関連性がある。それぞれ味のある作品と思うが、合唱があからさまに政治的内容を歌い上げるし、20 分程度の作品にしては大掛かり、実験的で中身が薄いなどの理由からか、なかなか演奏される機会が無い。しかしこの 2・3 番があったからこそ、次の不遇の運命を背負った名作第 4 番が生み出されたということは、その音楽を聴けば一目瞭然だし、5 番以降の国民楽派的作品群にも見え隠れする彼のアイデンティティーがここには色濃く出ているようですらある。

 ヤルヴィの演奏は、かなりテンポが速い。序奏の混沌とした部分はまだ普通だが、主部の四分音符=152 のところ(Allegro?) では既に 172 位になっている。そのため音楽に勢いがあって派手でカッコ良いが、細かい音符がはっきり聞こえなくなる部分もあるので痛し痒しだ。私が一番問題だと思ったのは、CD でトラック 3 が打たれているヴァイオンのソロの部分だ。ここは、"なんちゃってフーガ" の主題提示的役割をもつ部分なのでインテンポで演奏するべきだと思うが、カデンツァのようにゆったりと自由にテンポを崩している。すぐ後にクラリネット、ファゴットとソロが複雑に絡んでくるにもかかわらず、ヴァイオリンだけは異質なほどスイングしている。ヤルヴィの解釈なのだろうけど、何故このようにしたのか理解に苦しむ。しかし、その後のヴァイオリンが合奏になってからの推進力は凄い。どのパートも違うことを演奏している複雑なオーケストレーションが猛スピードで綿々と続くので、聴いている方は何をしているのかほとんど判らないという曲想。全体的な音響が勢として押し寄せてくる様はアイヴス的ともいえる。もうちょっと細かい部分まで聴き取れる録音なら申し分ないが、作曲者自身細かいテクスチャを聴かせることは考えてないと思うので、これでいいのだろう。

 後もうひとつ問題なのは、後半の合唱と共に入るサイレンの音だ。多分実際にモデルとなったサイレンの音があって、それを作品に取り込んだのだろうと想像するのだが、本当にサイレンを鳴らす演奏はそんなにないと思う(*1)。 ヤルヴィのサイレンは、サイレンと言うよりは長く鳴るクラクションのようなもの(と消防車のサイレンが小さく鳴ってる)だが、音程に問題がある。楽譜上では fis (嬰ヘ) の指定だが、ヤルヴィのサイレンは dis (嬰ニ) と d (ニ) の間くらいの音だ。存在感はあるのだが、すんごく気持ち悪い。fis のサイレンが用意できなかったのなら、普通にホルンとトロンボーンだけで良かったのではないか。でなければ音程感のない音のサイレンにするべきだろう。インバル/VSO ではサイレンを使っていたが、あそこまでうるさい音ではなかったし、きちっと fis だった(*2)。合唱には特筆すべき点はない。もうちょっと声を張ればそれだけで随分違うと思うが。後に第 12 交響曲で主要主題となる主題がここにはっきりと現れ、ややもすると曲想もそちらに引っ張られてしまってる演奏を耳にするが、ヤルヴィはテンポを上げることで第 12 交響曲の荘厳な雰囲気とは違うものを引き出しており、これには感心した。

*1: 後で色々聴き直してみたら、サイレンを使った演奏はいっぱいあった。
*2: いろいろ聴き直していたら、他のサイレンを使ったものに、もっとひどいのもあったので、取り立ててヤルヴィのが悪いというわけにいかなそうだ。

 全体としては、勢いのある演奏で、第 2-3-4 交響曲とトリロジー性を感じさせる解釈が秀逸と感じた。

交響曲第3番

 1996 年 12 月録音。交響曲第 2 番と同じく実験的な作品だが、旋律が多く調性的で親しみやすい。普通、主題というのはどんどん展開していくものだが、この作品では何の関連性もない主題を繋げて作品を作ってみようという実験のようで、確かにピカレスク小説のように脈絡無く唐突に曲が変化し進行していく。が、子細に見てみるとまるっきり脈絡が無いわけでなく、曲に統一感をもたらす仕掛けは随所にあるので、いわゆる良くできたアトラクションのように全ては演出の範疇にあるわけだ。

 ヤルヴィの演奏は、第 2 番と同じく速めのテンポでぐいぐいと引っ張っていく。まず冒頭のクラリネットによる牧歌的主題からして速めで、そんなにのんびりした印象を与えない。その後の Allegro からも軽快に曲をどんどんと進めて行くが、オケの反応も良くスリリングな展開が聴ける。金管がセーブしているのかそれともバテたのか、バス・トロンボーンの破壊力とトランペットのパワーが物足りなくなるのが惜しい。それでも、ハイノートを大きな音で吹き伸ばす箇所が多く大変なのに、キチッと吹いている。これだけの熱演になると、最後はオケの基礎体力・合奏力の勝負といったところ。つい、シカゴだったら…、ベルリンだったら…と想像してしまうのは、聴き手のわがままと判ってはいるが……。合唱が入る直前のトロンボーン 3 本のユニゾンによる信号喇叭は、まるで一本で吹いているように聴こえ見事。hi-B, hi-C が頻出して大変な部分だ。合唱が入ってからのオラトリオ風部分もやたらとテンポが速いが、結構それがカッコ良い。ベットリと聴かされるとかなりくどくなるので、この位あっさりとやってくれた方がかえって聴きやすいなと感じた。

バレエ「ボルト」組曲

 1999 年 8 月録音。この曲は初めて聴いた。交響曲と違って肩肘張らないコミカルな曲が多い。序曲はシリアスな展開を見せて良いのだが、次の曲からいきなり崩れる。チャップリンのサイレント初期作品の BGM にちょうど使えそうな感じだ。思い切りの良い派手な演奏で楽しめる。「タンゴ」の下品なトランペットのソロなども上手い。面白い作品だが、そんなに頻繁に聴くことも無いだろう。他人からは変な趣味していると思われないよう、人前で聴くときは注意しよう。

 

 録音は悪くはないが、全体的な雰囲気で聴かせていて、細かい部分の分離は良くない。響きが多く、音の芯があまりうまく捕らえられてない。バランスはとれている。

演奏:★★★★☆
録音:★★★★☆

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2001年1月26日 11:44

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