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バーバー:交響曲第 1 番 他/ジンマン [Argo]
バーバー:
弦楽のためのアダージョ(8'40")
序曲「悪口学校」(8'16")
管弦楽のためのエッセイ第1番(8'06")
シェリーによる場面の音楽(8'55")
管弦楽のためのエッセイ第2番(10'27")
交響曲第1番(19'23")
ボルチモア交響楽団
Argo 436 288-2
1991 年 9 月 30 日から 10 月 1 日、ボルチモアのジョセフ・メイアーホフ・シンフォニーホールにて収録。
バーバーと言えば《弦楽のためのアダージョ》があまりにも有名だが、それ以外でも良い曲が沢山あり、《アダージョ》しか知らないというのは非常に勿体ない。しかしこれは、見方を変えれば、それらの名作をこれから堪能できるという処女的特権が残されているということになる。もしもこのジンマンのバーバーをまだ聴いたことがないのであれば、それは私からすれば非常に羨ましいことだ。
このレコードの白眉は交響曲第1番だ。この交響曲は、単一楽章の交響曲だが、その構成は、アレグロによる提示部展開部、スケルツォ、緩徐楽章、パッサカリアによるフィナーレと、4楽章構成と同様な形式をしている。交響曲冒頭に提示される主題は全てのセクションのモットーとなっており、この破格な構成の曲に統一感を強くもたらしている。そしてなんといっても色彩的なオーケストレーションが最大の特徴。オーケストラにとっては難易度は高いものの、演奏者にとって非常においしすぎる音符が並ぶ。尺としては 20 分足らずでロマン派の交響曲というにはあまりにも短いが、ロマンティックな主題を大胆な形式、大胆な調性で、オーケストレーションの技巧を凝らしてギュッと濃縮した作風は、私にとって非常にアメリカ的に思える。最後にはきちっとカタストロフを味合わせてくれるし、サービス精神はハリウッド的とも言えるかも知れない。しかし本当のロマン派と違うところは、詩的、物語的、表題的な要素がなく、純粋に技巧的な交響曲であるというところ。新ロマン派と呼ぶむきもある。だから、この作品でロマン派を扱うような思い入れたっぷりな演奏をしてしまうと、締まりのないダラしない演奏になってしまう。ロマン風の "風" の部分も折り込み済みで作曲されている訳なので(過剰なまでの装飾とか)、楽譜通り厳格に演奏しないと味が出ないのである。
バーバーの1番の CD は満足できるものが少なくてあれこれ聴いたが、このジンマン/ボルチモア響の演奏が今まで聴いた中で最高の出来である。オーケストラは色彩豊かでダイナミック、アンサンブルの技量も確か。音色はハデだが引き締まっている。ジンマンの棒も、この幾分支離滅裂で展開の激しい曲想をきちっと捉え過(あやま)たない。普通、この捕らえどころの難しい曲想の変化を何とか上手く処理しようとして、それがかえってドツボにはまるのだが、ジンマンはスコアの有るがままを思い切り良く音にすることで劇的な効果をあげている。ジンマンのやり方と正反対なことをしてドヅボにはまっている演奏をひとつ紹介すると、ヤルヴィ/デトロイト響 (CHANDOS) の演奏だ。彼は全てを反対に解釈してしまった。曲は締まりなく重々しくドロドロとし、まるでワーグナーのような尊大さを引き出そうとしているようだ。御陰でスコアにある機能的な面はすっかり無くなり、新ロマン派の "新" の部分は萎え、精気すらも感じられない。テンポの設定が最大の間違いだ。もちろんこういう演奏が好きだという方がいても良いのだ、そこまでは否定しない。両方聴いてみると新ロマン派の何が「新」なのか、見えると思う。
さて、他の小品だが、バーバーの作品の中でも有名なものがほとんどである。《弦楽のためのアダージョ》はもともと弦楽四重奏曲の第2楽章だったものを弦楽合奏にアレンジした物。単なる音階でしかないこのメロディーが、なぜこんなに美しいのか。原曲の弦楽四重奏曲はエマーソン SQ. のを持っているが大して面白い曲とは思わなかったし、1・3楽章と、この2楽章があまりにも違いすぎる。両端楽章自体もあまり魅力を感じなかった。この楽章のみ独立させたバーバーは賢かった。エマーソンのレコードは、カップリングのアイヴスの方が面白かった。
序曲《悪口学校》は、アイルランドの作家リチャード・ブリンズリー・シェリダンの劇作「悪口学校」を題材に音楽化したもの。「悪口学校」というバーバーの歌劇があるわけではない。「悪口学校」のストーリーを音楽にしたというより、全体の雰囲気をもとに作ったようだ。
管弦楽のためのエッセイ第1番は、最初の Andante sostenuto. が《アダージョ》的雰囲気で感傷的だが、《アダージョ》に食傷した耳にはこちらの方が心地よく響くだろう。曲の構成はシンプルである。第2エッセイは、変わって、内面性より技巧的な部分への関心が強い作品。同時期に作曲された第2交響曲もこんな感じだ。
《シェリーによる場面の音楽》は英国の詩人パーシ・ビッシュ・シェリーの『縄目を解かれたプロメテウス』の一節に触発されて作られた作品。ちなみにシェリーの妻は『フランケンシュタイン』を書いたメアリ・シェリー(私もこの項の下調べをしていて初めて知った)。音楽はヒッチコック映画の音楽を手がけたバーナード・ハーマンの作品を彷彿とさせる。クライマックスを切り裂く和音の使い方など特にだ。
以上どれも演奏は素晴らしい。
録音はオーディオ的な面白さは少ないが、音楽として楽しむには十分なもの。音が滲(にじ)んでいて、分解も悪いのではあるが。
ジンマンには残りのバーバーの作品(特に第2交響曲や協奏曲)も録音して欲しいところだが、この CD が出たのは 92 年のことで、その後音沙汰が無いのが寂しい。
第2交響曲は MIDI を公開中。
演奏 : ★★★★★
録音 : ★★★☆☆
2000年3月30日 15:26
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