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ジョン・カルショー:『レコードはまっすぐに』
ジョン・カルショー著
山崎浩太郎訳
GAKKEN 学習研究社
名著の日本語訳、いよいよ登場しました。ブリテンの《戦争レクイエム》がリマスターリングされて再発売されたときに、ボーナストラックとして「ブリテンのリハーサル風景」が収録されており、それはカルショーの自伝に記載されている幻の音源であるとの情報から、自伝の存在を知りました。ショルティとともにカルショーを知った私は、カルショーの作り出す音の魅力に取り憑かれまして、彼の自伝が出ると知ってから、発売日が待ち遠しくてたまりませんでした。
一応説明しておきますと、ジョン・カルショー (カルショウと記載されることも多い) とは 1950 年代から 1960 年代にかけて、イギリス・デッカで活躍したプロデューサー。カラヤンやブリテンとの名録音を残し、またショルティを発掘し、史上初の《ニーベルングの指環》スタジオ全曲録音という偉業を成し遂げました。デッカ退職後 BBC テレビの音楽部長を経てフリーランスに。しかし 1980 年に悪性の肝炎にかかり 55 才で死去しました。
ついに手にしたその本は 514 ページ、かなりの大著でした。活字が大きめで 1 行が長く、余白の少ない割りに字間は割りとある体裁は、いまいち私の好みではありませんが、厚さの割りにスラスラと読めます。アッという間に読み終わりました。通勤電車であの重さと厚さの本を読むのはちと辛かったですが、にもかかわらず読了が寂しくなるほどでした。
基本知識として、この本はいわゆる絶筆ものです。カルショーのほとんど完成に近い状態の下書きを、デッカでの同僚であったエリック・スミスらが 1981 年にそのまま出版したものです。パヴァロッティを "発見" し、《神々の黄昏》の録音をした頃までです。しかしエリック・スミスが言うには、それ以降カルショーが退社するまでデッカでは大事件はもうなかったとのこと。カルショーがなぜデッカを辞めたかは書かれていませんが、デッカ時代の大部分は収められているということです。
自伝とはいえ幼少の頃の話しは一切無く、その辺は読み手の求めるものを良く理解しています。話しは学校卒業後の銀行員時代から始まり、すぐに入隊、そして戦争経験あるいは未経験 (士官候補生だったカルショーは実戦にはあまり関わらなかったようだ) などが足早に語られますが、その時代に音楽とどう関わっていたのかという部分もさることながら、イギリス軍の不毛さ効率の悪さがどのようなものだったかという部分に興味が惹かれます。上層部の見当違いの方針でも従わなければならない現場のやりきれなさという背景は、デッカ時代への伏線となります。
除隊後の就職活動の困難さを乗り越えいよいよデッカに就職。あれだけ偉大な録音を残した彼ですが、実際は常に思う通りに行かないもどかしさが付きまとっていたことが語られます。カルショーそしてデッカの偉業である《ラインの黄金》が録音された当時の章には『動脈硬化』というタイトルが付いており、既にデッカの衰退が始まっていることが語られ驚きます。訳者の山崎浩太郎氏も指摘しておりますが、デッカのトップであったルイス氏とローゼンガルテン氏に対する憤懣やるかたない思いは激しく、デッカを愛しつつも将来性を疑問視する冷めた視線を感じます。
そういうシニカルな面をもつ本書ですが、もちろん彼の業績について、制作者でなければ知り得ないような裏話 (アーティストの話や、どのようにして録音したのかなど) もふんだんに披露してくれます (私はこれを読むまで『2001 年宇宙の旅』の《ツァラ》はベーム盤だとばかり思っていました)。時代は SP から LP へ、モノからステレオへと大革命の最中で、レコード史の最も重要な時代の証言としても滅法面白い。またカラヤン、ショルティ、ブリテンは当然のことながら、アンセルメやセル、クナッパーツブッシュ、カルロス・クライバー、ビーチャム、フルトヴェングラー、ベーム、マゼールなど、往年の大指揮者やそれほどでもない指揮者 (指揮者ばかりでなく歌手や器楽奏者も出てきますが) へのゴシップぎりぎりの逸話なども興味深いです。ゴシップなどと書くと浮ついた印象を受けそうですが、ガルショーは芸術性と人間性は別だという考えを正しくもって書いています。ひたむきな音楽への愛情と、良いレコードをとにかく作りたいという熱意に打たれる本です。カルショーの業績のうちで、私はカラヤンの録音をほとんど聴いたことがありません (ショルティとブリテンはほとんど持っているが)。自伝を読むと、カルショーの仕事のうちでも大きな柱だったようなので、かなり聴いてみたくなりました。早速ウィーン・フィル BOX を買ったところです。この自伝を読むと、実際に音を聴いて確かめたくなります。
この自伝には、彼の最大の業績《ニーベルングの指環》全曲録音に関する話題がほとんど出てきません。そのためカルショーの有名な著作『リング・リザウンディング』(邦題、《ニーベルングの指環》黒田恭一訳/絶版) もセットで読まれないと、ホント片手落ちも良いところなんです。『リング・リザウンディング』も何らかの形での刊行を願うところ (私は一応持ってますが…)。黒田恭一氏の訳は私はいまいち引っかかる部分があるので、山崎浩太郎さん、新訳して出版して下さい (_ _)。
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『レコードはまっすぐに』ジョン・カルショー
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http://www.fukkan.com/vote.php3?no=4496
2005年5月17日 17:14
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