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読者をも巻き込む情報操作の罠〜『デセプション・ポイント』/ダン・ブラウン

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『デセプション・ポイント』(上・下)
ダン・ブラウン
越前敏弥 訳
角川書店

 『ダ・ヴィンチ・コード』で一躍有名になったダン・ブラウンの新刊です。新刊といってもそれは日本での話で、実際は『天使と悪魔』と『ダ・ヴィンチ・コード』の間に書かれた本です。上記 2 冊はロバート・ラングドンを主人公としたシリーズですが、『デセプション・ポイント』はラングドン・シリーズではありません。『ダ・ヴィンチ・コード』はいまだに売れ続けているようで、それを取り上げても良かったのですが、どうせなら読み終わったばかりの新刊にしようと思いました。

 時は大統領選の真っ直中。再選を目指すザック・ハーニー現大統領と大統領の座を狙うセジウィック・セクストン上院議員。セクストンは、何の成果も上げられないのに巨額の資金を必要とする NASA を批判し、その予算を他へ回すべきだと訴え、世論の期待を集めていた。セクストン上院議員の娘レイチェルは、国家偵察局 (NRO) という大統領付きのスタッフであり、また父との仲も悪いなど、複雑な立場に置かれていた。そんな中レイチェルは大統領から緊急に呼び出され、NASA による大発見を確かめるため北極海へ連れて行かれる。レイチェルは北極海のミルン棚氷で NASA の世紀の大発見を目撃するが、その計画全体が特殊部隊に監視されていることは知るよしも無かった。

 読み始めたころは、あまり面白い作品とは思えませんでした。プロローグではとある暗殺の模様が描かれ、映画などで良く使われるショッキング・プロローグによる開始なのですが、センテンスが短く「…だった。」という語尾を多用する代わり映えしない文体が続き、描写に稚拙な感じがしました。1 ページの行数が 18 行で活字が大きいのも、安っぽい印象を与えます。緊迫の状況をあえて淡々と語るという手法にも思えますが、あまり凄みは伝わってこない。

 その後もレイチェルが北極海へ強引に連れて行かれる展開は、状況としての面白さは伝わるものの、言葉としての形容が物足りない、文章としてあまり引きつけられない、ノベライズの程度の良いものを読んでいるような感じでした。ストーリーも、現大統領が NASA の発見を政治的に利用して巻き返しを図ろうとする話、という程度のものだという予感がしました。『ダ・ヴィンチ・コード』も暗号がストーリーを引っ張っていく様は面白かったですが、ドラマの展開は「火サス」並でしたので、なんとなくいやな予感がしたのです。下巻は買ってなかったので、このまま下巻は買わず仕舞いかとも考えていました。

 しかしレイチェルや、同じく北極へ連れてこられていた民間の科学者達が NASA の発見にほころびを見つけ、ましてや特殊部隊に命を狙われだすと、もう話は止まらない。そそくさと下巻も購入、面白くて最後まで一気に読んでしまいました。展開にスピード感があり、特殊部隊から逃げつつも真相の追求に奔走し、さらに密室的な状況の中、自分達が殺される前に真相を誰かに伝えねばならない緊迫感。舞台は氷上、海上、船上と変化し、それだけでなく、ワシントンでの政治的な駆け引きや、セクストンの個人秘書の行動も物語に緊迫感をもたらし、複数箇所で同時に起こっている出来事を、こぎみ良いカットバックで繋いで同時に盛り上げていく構成の上手さ。それだけでなく、この計画の黒幕は誰なのかというミステリーの要素も周到で、読者の裏をかく快感も備えています。

 ポリティカルストーリーと NASA の発見をどう結びつけるのか興味と不安がありましたが、ごくありきたりな選挙戦の物語ではなく、アクションとミステリーとポリティカルストーリーにさらに科学的読み物としての醍醐味も付け加え、それぞれが深く影響しあいながら物語が進んでいく、その構成力とプロットの巧みさには脱帽です。冷静にみるとかなり荒唐無稽なミッションと思いますが、「ありえね〜」と一笑にふせない緻密な構築がされており、そういう意味では SF 的とも言えます。修辞が拙いと書きましたが、後半はそんなこと考える余裕はなく、ストレートな物言いがストレートに物語りに引き込んでくれました。言葉のスピードに物語のスピードか追いついたという事でしょうか。

 いろいろな読み方があると思いますが、私はこの作品は「情報による闘い」を描いたものだと思います。選挙というのは、どの情報をどのように有権者に知らせるかという情報戦ですし、レイチェル達も隠された情報を掴み、正しく理解し、それを誰かに発信しなければならないという闘い (戦い) を繰り広げます。セクストンの個人秘書は様々な情報に翻弄され、自分を見失いかけます。その他、物語で重要な位置を占める 2 人の政府の要人マージョリー・テンチとウィリアム・ピカリングも情報操作によって窮地を脱しようとする。

 実は登場人物達が情報と格闘しているのと同じ状況に、読者も置かれています。一度読み終わり真相を知った後、どこか腑に落ちないところがあるともう一度読み返したとき、明らかに読者を騙すウソは書いてないことに気づきます (登場人物の誰かは明らかに真相を隠している訳ですが、作者はあくまでもフェアに書いています)。つまり読者も、作者が提示した情報を正しく捉えられるかが試されているのです。レイチェルが大統領と面談するために軍用ヘリで運ばれるシーンがありますが、レイチェルはホワイトハウスに向かっていると思っていたものの、違う方角に向かっているのに気づいて狼狽えるシーンがあります。そこには『ピカリングがホワイトハウスだと明言していたのか、自分がそう決めこんだだけなのか、レイチェルは思い出そうとした』(上 35p.) という一文があります。で、ピカリングとのシーンを読み返すと確かに明言していないのです。しかし「ホワイトハウス」というキーワードは頻発しています。このミスリーディングの手法はミステリーでは定石ですが、ここでミスリーディングを仕掛けるのは作者というより登場人物、つまりこれは情報操作なのです。

 読み返すとそういう部分がかなりあります。だまし絵風に見え方が 180 度変わってしまうシーンもあります。私は全体を 2 度読んだわけでありませんが、気になった箇所でもこの有様、まんまと引っかけられたと思いました。伏線も見事に張り巡らされていることが判ります。本格推理ものでは無いので、丹念に読めば登場人物より先に真相に到達できるようには書かれてないと思いますが、作中の情報操作の術が登場人物だけでなく読者をも巻き込み、全てが事実の情報であってもそれが真実とは限らない情報の危険さを体現している本です。

 『ダ・ヴィンチ・コード』でもパズル的なプロットが興味を引きましたが、この作者はこういう仕掛けが実に巧いです。『デセプション・ポイント』では科学技術や海洋学などの博識ぶりも凄く、科学的な読み物としても面白く読めます。アクションも盛り沢山なので、きっと近いうちに映画化もされるんじゃないでしょうか。未読の『天使と悪魔』も早く読みたいですし、来年にはラングドン・シリーズの第 3 弾も刊行される予定らしい。これからが実に楽しみな作者であります。

リンク: イカすBOOK天国別館24時間工事中: ダン・ブラウン『デセプション・ポイント』レビュー
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2005年4月21日 18:03

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