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マーラー交響曲第 5 番 2002 年新校訂版についての覚え書

mahler5_kritische.jpg  2002 年、C. F. PETERS よりマーラーの交響曲第 5 番のクリティカル・エディションが出ました。国際グスタフ・マーラー協会副会長であるラインホルド・クビーク教授校訂によるこの新版は、それまで普及していたラッツ版と比較しても約 400 箇所の誤りを訂正しました。スコアの巻末には校訂報告があり、各版で何処がどう違うのか詳細な報告がされており、私はラッツ版からクビーク版にいたる修正個所リストを訳出してみましたが、リスナーの立場ではあまり興味を引かない内容に思えましたので、公開はしないつもりです。しかし「この版と実際の演奏のために」と題された部分は、ある程度スコアを読める人には面白い内容かも知れないと思えたので、その部分からトピックを取り上げてみました。

 クビーク教授校訂によるこの新版は、1901 年以前に書かれたスケルツォのスケッチから始まり、手書き総譜、アルマ・マーラーによる総譜のコピー、校正原本、マーラーが実際に使った指揮者用スコア、演奏に使われたパート譜など数々の資料をあたり、マーラーが行き着いた第 5 交響曲の最終的な姿を浮き彫りにしようというものです。特に 1910/11 のシーズンにニューヨークでマーラーが準備をしていたパート譜セットを重要視しており (不運にも、同時に改訂されているはずのスコアは見つかってないようですが)、従来の Ratz - Fuessl 校訂による全集版とはその点で大きく違います。

 ちなみに、全音版スコアは 1904 年 9 月に出版された「初版スタディースコア」に該当すると思われます。Dover 版もこれです。音楽之友社版スコアは 1964 年出版の Erwin Ratz 校訂マーラー協会全集版、あるいは1989 年の Karl Heinz Fuessl による改訂版に基づいていると思われます (この辺私は実際にこれらのスコアをつき合わせて見たことがないのでよく判りません)。「初版スタディースコア」と Ratz 全集版 を比べますと、それこそ音が有るとか無いとかいった類のかなり重要な変更点が沢山ありますが、 「初版スタディースコア」に基づく演奏は現在無いでしょうし、いまさらその段階の変更点を云々しても (マーラーの作曲過程を研究するならともかく) 作品鑑賞上あまり役に立たないでしょう。

 ラッツ版からクビーク版にいたる修正箇所を読んでみたところ、各楽器で微妙にアーティキュレーションを違えるマーラーの高度なオーケストレーションと思われていたものが、実はミスプリントに由来するものだったり、もしくはマーラーの手で最終的には統一されているものが多いという印象を持ちました。無論本物もあるでしょうが、演奏解釈としてそういう部分にあまり病的にこだわっても意味の無いことかもしれません。例えば、5 楽章 549 小節目から始まる Trp. の主題ですが、今までの版では Trp. 4 本がユニゾンで吹き始めた主題が、542 小節目で 3,4 Trp. はディミヌエンドしフェードアウト、1,2 Trp. はクレッシェンドしそのまま吹き続けるとなっていました。この効果は CD でも確認できる演奏は多いです。しかしこの 3,4 Trp. のディミヌエンドは間違いであって、クビーク版では全 Trp. が542 小節でクレシェンド、次の小節で 3,4 Trp. が抜けるようになっています。旋律線の補強としてはこちらの方が理に叶っていますし、奏者は吹きやすいでしょう。


mahler5(5)Trp.jpg

また「この版と実際の演奏のために」と題された部分では、マーラーのスコアで曖昧だった部分をどう取り扱うべきかの指針となることが書いてあります。こちらも演奏者の立場でなければ意味のない内容かもしれませんが、興味深い指摘がされているので、ご紹介します。

以下は、その部分の解説的抄訳です。

パートの分割のための指定:
 マーラーはパート分割を示す様々な用語 ("getheilt", "a2", "a3", "Haelfte"、またこれらを取り消す言葉として "Alle", "Tutti", "zus.", "unisono" ) を非体系的に使っていると考えられていましたが、ギルバート・キャプランは、この問題の解決に役立つ注目すべき手紙を発見しました。この手紙は 1903 年 5 月 27 日にマーラーが書いたもので、バーゼル大聖堂で第 2 交響曲の演奏準備をしていた "尊重する同僚" Hermann Suter に宛てたものです。『私の指示としては、弦楽器のディビジで "Haelfte" とあった場合は手前のプルトで演奏すること、その後 Tutti で残りが加わるように。"getheilt" では右と左の奏者で各々パートを分ける [プルトを割る]、2 パート以上の場合でもプルト単位でなく奏者で分けること。』(バーゼル大学ライブラリー手稿コレクション所蔵)。このことにより 3 種類のコンセプト上の組み合わせがあることが判りました。"getheilt" ("get.") では各プルト内で分けることと ("zusammen" ("Zus.") で戻す) 。"die Haelfte" では指揮者に近いプルトが演奏する ("Alle" で全員), そして "solo" と "Tutti" (スコアの 91,92 ページを見ると (第 2 楽章練習番号 12 の弦楽器)、全ての組み合わせが 2 度同じ小節に発見できる)。

ミュートおよびストップの指定:
 ホルンの弱音については、2 種類のペアが使用されています。即ち、"mit Daempfer" - "ohne Daempfer" ("m. Dpf." -"o. Dpf. ") と "gestopft" - "offen" ("gest." - "offen") 。 トランペットとトロンボーンについて、第 5 交響曲では "mit Daempfer" のみですが、取り外しのための指示は混合されて使われています (例えばマーラーは頻繁に "m. Dpf." - "offen" と使っている)。
弦楽器の弱音については、マーラーはドイツ語とイタリア語の両方で指示をしていますが、この版では "mit Dampfer" - "ohne Dampfer" で統一しています。
小太鼓に対しては "gedaempft" と指示していますが、この版ではそのまま使っています。

装飾音:
 この版では、装飾音はオリジナル通り斜線付きの 32 分音符として表記してあります。 例外は第 1 楽章のスネアドラムで斜線付き八分音符で書かれています。これは "手書きでない" 印刷された資料に基づくものです (これは「初版スタディースコア」で最初に使われ、そしてこの部分は後からスコアに付け加えられたように見える)。同様の装飾音は、第 4 楽章の 33 小節目 (Vl. II) と第 5 楽章の 113 小節目 (Ob, Kl) にあり、これらは直筆スコアにこの通りに書かれています。

 バスとテナー記号の両方を使う楽器における音部記号の切替は、マーラーはしばしば必要のないところにテナー記号を書いたりしています。また音部記号を変更する位置も適切とは限りません。この版では適宜修正されています。

 ティンパニのトレモロはマーラーは常にトリル(tr)として記譜していますが、この版ではつねにトレモロで記譜してあります。またティンパニのチューニングの指示はすべて省略しています。

 "Solo" の記述に関する大多数は、パートに対する共通の指示であり、この指示はこの版では使われていません。この指示はスコア上でしか役立たず、例えば 2 本のフルートで演奏する変わりに今は 1 本で演奏するという意味でしかないのです。この "Solo" という指示は特殊な状況にのみ使用されるべきものであって、それゆえにこの指示を抑えることは好ましいことでしょう。

 第 3 楽章のホルン・パートに関する、マーラー自身による変更点というものがあります。「アルマ・マーラーによる写譜総譜」に於けるマーラーによるパート割は、第 1 ホルンが「オブリガート・ホルン」を担当、第 3 ホルンは第 1 ホルンを、第 5 ホルンは第 3 ホルンを担当するとなっており、パート譜にはこの変更が反映されているのですが、出版されているスコアはいまだにこのような記述がされていませんでした。今回の版に於けるスコアでは、第 3 楽章のホルン・パートで初めてマーラーの指示を再現し、パート譜と同調することとなりました。そして少なくともマーラーの時代には、これはまったく間違いなく慣習的に、第 1 ホルン奏者は第 3 楽章でオーケストラの最前に出てきています。メンゲルベルクは彼の (そしてマーラーも使った!) アムステルダムのスコアにこう記しています 「ホルン・ソロはソリストのように常にコンサートマスターの最前にいる」。

 マーラーの第 3 クラリネットは D もしくは Es 管のクラリネットを持たされます。しかしながら今日日、高音のクラリネットは第 2 奏者で演奏されますし、低音のクラリネット (バス・クラリネット) は第 3 奏者が演奏するのが通例なので、この版ではスコアとパートにおいて、この状況を考慮し適切にパートを分け変えました。C 管のクラリネットは最近ではほとんど使用されないので、第 2 楽章の開始部のパッセージ (30 小節まで) ではパート譜においては Bb 管へ移調してあります。

 マーラーは第 5 交響曲で何台のハープを必要としたのでしょうか? 自筆総譜の第 2 楽章 465 小節目には "Harfen" (訳注:ハープの複数形) と記述されています。また一方 557 小節目では "Eine Harfe" (ハープ 1 台) となっています。マーラーの使用したパート譜(1905-1907シーズン)にも同様の記述が見られます。現存する写譜屋の手によるハープのパート譜には、マーラーによる修正の書き込みと、ハープ奏者による自分の名前の書き込みが見られますが、注目すべきはこの楽譜は第 2 楽章の 465 〜 500 小節だけが書かれいることで (訳注:スコアに該当譜のファクシミリが載っています)、このことからマーラーが実際に2 台のハープをそこに、そしてこの部分だけに用いたと想定すべきです。さらにマーラー使用の最新のパート譜(1910/11シーズン)ではマーラーはロンド−フィナーレの最終部分 (749 小節から) で複数のトライアングルの指示もしています。

 マーラーの (1910/11 での) 修正の大部分はアーティキュレーションを明確にすることに向けられており、これは 1900 年ごろから流行りだした "モダンな連続的レガート" に抵抗する努力であることは明らかです (例えば最後の音を短くするために頻繁に一弓として書いたり)。またアダージェット (86 小節目 Vl. I) での "vibrato" の指示も、実際のところ当時は Tutti のパッセージでもビブラートなして弾いていたことを意味します。またさらにマーラーは符点音符を「バロック風に」引き延ばすことを好んだようです。このことはマーラーの仕事全体の中に複数の証拠があります。第 5 交響曲に於いては、「メンゲルベルクとマーラーが使用したスコア」にあるメンゲルベルクの記述によると、1 楽章の 120 小節目の旋律 (対旋律についても) は、符点四分音符と八分音符のリズムを複符点四分音符と十六分音符として符点を強調してあります。これは1906 年初頭、アムステルダムにおけるリハーサルでのマーラーの指示であると考えられています。


M5_1_120.jpg

(註:ドイツ語のウムラウトは ae, ue, oe のように、エスツェットは ss で表記しています。)

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2004年9月27日 09:32

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» ひさびさ>マラ5ネタ from Hevo Musik Blog ...baterappa ver.
マラ5の新版についてのページです。¥r¥n¥r¥nいろいろと興味深いところを抜粋して書いてはるので、 一度読んでみて下さいな。 弦の人も管の人も、なんかしら関係ある... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2004年11月25日 14:24

コメント(1)

はじめまして。
湯田@福島市民オーケストラ(ホルン)です。

>ラッツ版からクビーク版にいたる修正個所リストを訳出してみました

来春に,2002校訂版での演奏を控えているので,非常に興味があります。
団員の手持ちのスコアがフィルハーモニア版,全音版,Dover 版,音楽之友社版,Ratz 全集版と様々で,練習に混乱を来しています。

#どうやらクビーク版のパート譜には,誤まりが多いようです。

クビーク版のスコアが入手できるのが,しばらく先になりそうですので,公開していただけると非常にありがたいと思います。

投稿者 湯田公夫 : 2010年3月15日 22:18

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