« 《青ひげ公の城》の英訳について | カバーページ | 《かかし王子》新版の状況とカットの行方 »

バルトーク:《中国の不思議な役人》 聴き比べ

バルトーク:
《中国の不思議な役人》聴き比べ

ドラティ、ブーレーズ、ドホナーニ、シュワルツ、ヤルヴィ、デュトワ、スラトキン、小沢、ナガノ、シャイー、オールソップ、ラトル、ショルティなど

 なかなか決定打を見つけるのが難しい《中国の不思議な役人》。ショルティ盤が私の鉄板なんですが、残念なことにこれは組曲版。全曲版でこれに匹敵する完成度のものを見つけるのは、とても難しい。今回久しぶりに、手持ちの全 CD を引っ張りだし聴き比べています。新たな発見もありました。どの演奏がベストかで悩むより、その違いを楽しんで下さい。

なお、記事はまだ書きかけです。画像も追々載せていきます。


アンタル・ドラティ指揮
BBC 交響楽団・合唱団
1964 年 7 月 8, 9 日、ワトフォード・タウンホール [Mercury] (28'51")

ドラティらしいきびきびとした演奏が堪能出来る一枚。完成度は約20年後の新録の方が遥かに高いですが、無機質な新盤と違い、こちらは土臭さがあってハンガリーらしい風情がムンムン漂っています。演奏や録音に古さを感じますが、弱点とは思えません。誘惑の 2 本のクラリネットの音質がかなり違っていたり、トロンボーンの掛け合いも明らかに 2 本の別の楽器に聴こえるなど、例えばひとりの人物の二面性など、新しい解釈を持ち込まねばならないと感じるほど。録音も 3 トラックテープでの記録らしいですが、それにしては良く録れています。追いかけっこの部分など、普段あまり聴こえない楽器が聴こえ、なかなか面白い。合唱だけがほとんど聴こえてこないのが残念。

ピエール・ブーレーズ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニー、スコラ・カントルム
1971 年 5 月 11 日、エブリー・フッシャー・ホール、ニューヨーク [CBS] (31'02")

今のブーレーズからはあまり聴かれなくなったラジカルな演奏を堪能出来る一枚。しかしこの過激さは今聴くと多少古っぽく感じられます。ブーレーズはまあ割と冷徹に曲を進めて行っているように思えますが、オケはかなりプレッシャーをかけられているようで、その緊迫感はありありと音に現れており、張りつめた空気は曲にプラスに働いているようです。オケの技術が追いつく限りスコアを忠実に再現しようとしているところも好感が持てますが、あまり何度も聴きたいと思わないも確か。良い意味でも悪い意味でも「きつい」演奏で疲れます。録音ももともと 4 チャンネル録音だったためか、ミキシングが不自然に思えます。冒頭のアルペジオは 2nd Vn. だけとは思えない音場ですし、続くトロンボーンのクラクションも 2 本で吹いているみたいに聴こえます。

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・シュターツオパー合唱団
1977 年 12 月、ソフィエンザール、ウィーン [Decca] (31'40")

ドホナーニの、そしてウィーン・フィルの《役人》として価値ある一枚。ドホナーニの祖父といえば、この曲の組曲版の初演も行ったエルネ・ドホナーニですが、ひょっとすると祖父からレクチャーを受けたかもしれないものの、クリストフはあくまでもドイツ人指揮者、オケもウィーンなので、これがバルトーク演奏の血統を受け継ぐものとは考えない方が良いでしょう。それよりドホナーニという名将を得てこそウィーン・フィルが挑戦しえたバルトークという風情。あまり機動的、機能的とは言えないウィーン・フィルですが、それでも水準以上の演奏を引き出し、束ねているドホナーニはやはり凄い。色彩感あるくすんだ音色は魅力的ですし、録音のせいか普段あまり聴こえないピアノやオルガンが良く聴こえるのも、よそとは違うという感じ。誘惑のクラリネットがいまいち吹っ切れてない吹き方で埋没していたり、居心地の悪さがそこかしこに聴こえるのは確かですが、雰囲気のある個性的な演奏で、マストアイテムとは言えないもののこの値段なら持っていても損は無い 1 枚です。

アンタル・ドラティ指揮
デトロイト交響楽団、ケネス・ジュウェル・コラール
1983 年 11 月、ユナイテッド・アーティスツ・オーディトリウム、デトロイト [Decca] (31'59")

この曲の代名詞と言えるほどの有名盤。演奏も録音も完璧。もちろんアンサンブルの乱れとかはありますが、完成度の高さは《役人》の数多くの録音の中でもダントツ。しかし私個人的な趣味では、この演奏はあまり好みではありません。鋼と筋肉で出来たようなサウンドは無機質的で、もっと贅肉が欲しい。あまりにもオカルト・ホラーな雰囲気が先にたち、人間味が聴きたくなる。デジタル録音初期のあまりにも明瞭な録音が原因のひとつかもしれません。それまでの舞台作品 2 作と同様な、倒錯的な愛の物語という視点は、この演奏から最も遠いところへ追いやられてしまったように聴こえます。

ジェラルド・シュワルツ指揮
シアトル交響楽団・合唱団
1988 年 12 月 1 日、シアトル・オペラハウス [Delos] (30'30")

聴いてまずびっくりするのは、ヴァイオリン対向配置を採っていること。《役人》でこのセッティングは初めて聴きました。 しかしマーラーのようにこれが効果的かというと、それほどでもないという感じ。しかし両側から聴こえるヴァイオリンは立体感があると思います。冒頭のトロンボーンのクラクションがもっさりした印象だったので、ハズレかと一瞬思わせますが、どうやら mf というのを尊重した結果のよう。徐々にクレシェンドしてきい、カメラが被写体に寄って行くような効果があります。全体としては重量感がありかつエッヂの立った演奏で、スケールが大きいです。役人との追いかけっこのシーンは、まず開始を告げるトロンボーンの掛け合いが重みのある良い発音で気分を盛り上げ、続く 4 ビートが、3/2 拍子が入る部分や裏拍にアクセントが来たりと変化があって、かなり存在感がありカッコ良い。木撥で叩く大太鼓も聞こえ、リズムが背後から凄いプレッシャーをかけて来ます。知っている演奏の中で、最もバーバリズム感が強いと思います。シュワルツの音楽はオカルトチックというより演劇的で、展開が判りやすく、色彩感は《かかし王子》のようです。つまりギスギスしてなくて、ちょっと怖いおとぎ話風。現代的というより古典的に聴こえます。但し句読点のあまり無い演奏なので、その辺は物足りない部分も無きにしもあらず。録音は分離がいまいちでごった煮状態ですが、量感はすばらしい。エネルギッシュな《役人》を聴きたいときには、まずこの CD を選択します。

ネーメ・ヤルヴィ指揮
フィルハーモニア管弦楽団 (ザ・フィルハーモニア)、ロンドン・ヴォイシス
1990 年 10 月 17, 18 日、オール・セインツ・チャーチ、ロンドン [Chandos] (34'22")

ご多分に漏れず、ヤルヴィの演奏は重い。冒頭もバルトークの設計では Allegro 120, poco allarg., 106, Meno mosso 100 と段々と遅くなり、頂点直前で accel. し、頂点で再び Tempo I 120 となるのですが、ヤルヴィは重く始まり、段々と頂点に向って accel. するというご都合解釈。まあそういうねじ曲げが行われていることを承知の上で聴けば、なかなかダイナミックで面白い。特におどろおどろしい雰囲気はこの演奏がピカイチかもしれません。こんなに遅い演奏で良く破綻しないなぁと感心しますが、フィルハーモニアのねちっこい音と相性が良いです。ただ遅いだけでなく、テンポの振幅が激しい訳で、追いかけっこはもの凄い早さで進んで行きますが、どちらかというと流れてしまっている感じで、疾走感みたいなのは出て来ていません。その前のトロンボーンの掛け合いも、2nd が調子悪く、音量も音程も発音もいまいちで、かわいそうでした。後半もねちっこい演奏で、再び持ち味が十二分に出ています。最大の見せ場の追補劇がしっかりしていれば、かなり凄い演奏になったのかもしれませんが、まあそれでもキワモノ演奏と紙一重とも言えます。

シャルル・デュトワ指揮
モントリオール交響楽団・合唱団
1991 年 5 月、10 月、セイント・ウスタシュ、モントリオール [Decca] (29'44")

デュトワ&モントリオール・サウンドで聴くバルトーク。しかし彼らの持ち味だったクリスタル・ガラスのような透明感は後退し、薄らと磨りガラス風。演奏も、今までの良くも悪くも蒸留水的なものから脱し、表現に意欲を見せているように聴こえますが、でもコクや味があるというところまでは行っていない。モントリオールは頑張っていますが、曲作りは淡白。節回しにハンガリー風な味付けをしていないのも一因と思いますし、あまりルバートも積極的に行っていないのも一因と思います。合唱が入ってくる部分など、ほんとにサッと通り過ぎてしまう。しかし彼のストラヴィンスキーがそうであったように、複雑な作品を鮮やかに描ききる技術はここでも強烈で、かなり聴き応えのある演奏であることは間違いありません。淡白な旋律線という唯一にして最大の弱点さえ克服出来れば、レファレンスとして活用出来るほどの演奏だと思うのです。枕で窒息させられた後に役人が顔を上げるシーンで、指揮者がキューを出し間違えたのか 2 小節ほどオケが崩壊寸前にまで混乱するという事故が聴けますが、このテイクがそのまま採用になったのも彼らのレベルでは珍しいのではないかと思います。

レナード・スラトキン指揮
セントルイス交響楽団
1992 年 3 月 30 日、1993 年 2 月 6 日、パウエル・シンフォニー・ホール、セントルイス [RCA] (31'11")

かなり引き締まった演奏で好感が持てますが、スラトキンの CD はどれもそうであるように、録音でかなり損をしています。特性的にはフラットでワイドなウェルバランスで、ステレオ音場も広い分布をみせますが、聴感上はナローで空気感も希薄に聴こえます。Hi-Fi な装置で聴くと良いのかも知れませんが。オカルト色の濃い演奏に思えます。オケも健闘しており不満な点は少ないですが、追いかけっこの入りのトロンボーンがへなちょこ。さらに編集のミスなのか 1 小節多くなっているというおまけ付き。続く追いかけっこは、私が知っているものの中で最速! 弦楽器は崩壊寸前ですが何とか食らいついて行っています。スラトキンのあまりもの力技に脱帽。ここだけのためにも聴く価値はあるかも。いや本当は、そこ以外の出来が良いのですが。この演奏はもちろん旧版を使用している訳ですが、何カ所か旧版にあった間違いが直っています。第二の浮浪者登場の部分での大太鼓のアクセントとか、最後の方のソステヌートで金管が Cis でなく C を吹いていたり、その後、役人から血が流れ出し弱って行く部分の打楽器パターンが正しくなっていたり。スラトキンのアイディアで直した可能性もありますが、ひょっとして自筆譜を確認したのかもしれません。

サー・サイモン・ラトル指揮
バーミンガム市交響楽団・合唱団
1993 年 4 月、シンフォニーホール、バーミンガム [EMI] (31'45")

天才肌というか、優等生的な演奏。オケもよくトレーニング出来ていて問題ないし、よくラトルの棒に従っています。ラトルも全てが良く解っており、ディティールは細部まで神経が行き届いていおり、それを包み込む雰囲気も悪くありません。塩こしょうが少々濃いめで、楽想を立てた演奏ですが、そもそもこれは演劇ですし、わざとらしさも感じないので、良い塩梅ではないかと思います。と、普通これだけのプラス要素があれば愛聴盤の地位を得られるでしょうが、実はそれほど良く聴く CD ではありません。なにが詰まらないのか良くわからないのですが、これだけ凄くてもどうもメリハリが足りないように聴こえてしまう。演奏者のこだわりも伝わってこない。録音は EMI にしては良く録れている方だと思いますが、色彩感に乏しく、これが原因なのか...。ちなみに、追いかけっこのトロンボーンの掛け合いですが、これは通常 2 本のトロンボーンで行うのですが、ミニチュア・スコアでは 1 カ所だけ 3 番トロンボーンが吹くように間違って指示されています。で、ラトルはこれを信じて実行しているのです。パート譜もわざわざ書き換えたに違いありません。これはこれでなかなかのこだわりです。

小沢征爾指揮
ボストン交響楽団、タングルウッド祝祭合唱団
1994 年 2 月、シンフォニー・ホール、ボストン [Philips] (31'19")

小沢はこの手の音楽はやはり巧い。規範的な演奏に思えます。録音は空間が狭く迫力にやや欠けるものですが、まあこれは室内劇ですし、そう考えれば作品の雰囲気に最も近いとも言えます。実際の舞台を彷彿とさせる演奏ではないでしょうか。丁寧な演奏で好感が持てますし、出すべきところはしっかり出しています。クラリネットによる誘惑にもうちょっと色っぽさが欲しい気もしますし、こじんまりとしていてつまらないと感じることもあるかもしれませんが、追いかけっこの部分もかなり気合いを感じますし、バランスの良い秀演と言えるでしょう。

ピエール・ブーレーズ指揮
シカゴ交響楽団・合唱団
1994 年 12 月、オーケストラ・ホール、シカゴ [DG] (31'31")

この作品は、どちらかと言うと指揮者よりオケの優劣に出来が左右されると思っていました。しかし、そうとも言えないと思わせたのがこの演奏でした。オケとしては申し分ないレベルですが、ブーレーズは旧盤と打って変わってまったく覇気がない。曲の静かな部分は悪くはないのですが、それ以外との落差が少なく、激しかろう部分も単に音圧が上がった程度にしか聴こえません。醒めた演奏というより寝ぼけた演奏。ブーレーズの解釈としては旧盤とは大差ないのかもしれませんが、もうちょっとオケを燃えさせないと。シカゴ響との一連の録音はどれも高い水準のものだっただけに、肝心な《役人》でこけたのは、大変残念です。

イヴァン・フィッシャー指揮
ブダペスト祝祭管弦楽団
1996 年 2 月、イタリアン・インスティテュート、ブダペスト [Philips] (31'14")

オケが新しいだけにお国ものの演奏という有り難みはあまり感じませんが、それだけ演奏も現代的で聴き劣りはしません。イヴァン・フィッシャーも中庸な演奏を手堅くまとめており、こちらも規範的な演奏と思います。演奏レベルはとても高いのですが、全体として機械的な演奏で、あまり面白くは聴こえない。パリの雑踏風の猥雑さや、ハンガリー民謡の素朴さ、それに中国風の五音音階などのモチーフから沸き立つべき、曲の魅力のひとつであるないまぜな雰囲気感が希薄で、その点がこの見事な演奏を支えてくれていない。近めのマイクセッティングで小奇麗に録ってある Philips の録音のせいではないかと思いますが、フィッシャーの他の演奏も似たようなものなので、彼の音作りの限界なのかもしれません。まあ稀にみる高水準の力演には違いないので、聴いて損は無いと思います。

ケント・ナガノ指揮
ロンドン交響楽団
1997 年 2 月、4 月、ザ・コロセウム、ワトフォード [Erato] (30'39")

歯切れ良く、派手目のバランスでまとめた演奏。ナガノは腰のしっかりした堅牢な指揮をし、それにロンドン響の幾分雑とも言える賑やかな音響が乗っています。ナガノは結構作り込んだ解釈をしているようで、細かく表情を付けようとしているようですが、ロン響が大味なため、よく聴くと何かやっているというレベルに落ち着いています。まあナガノの思った通りが全て音になっていたら、かなりうざったくなっていたかもしれないので、落としどころとしてはちょうど良いかもしません。楽譜に無いクレッシェンドとかあったりしますが、効果的に聴こえます。問題は録音で、かなりゴリゴリした音で、広がり感や分離が悪く、音場もころころと変わる。97 年のデジタル録音とはちょっと思えません。Erato でなく mundi だったら、最高の 1 枚になっていたかもしれないのに。

リッカルド・シャイー指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団・ロウレンスカントーリ合唱団
1997 年 5 月 21-22 日、コンセルトヘボウ、アムステルダム [Decca] (31'36")

デッカ録音のコンセルトヘボウらしく、ぷりぷりとした音で、シャイーらしく剛毛な演奏ですが、《役人》にはマッチしています。それどころかかなりきめの細かい表現も聴かせてくれて、前半部分は面白く聴けます。しかしちょうど組曲版が終わったあたりから、それまでの作り込みはどうなったのか曲が単調に。後半は消化試合っぽくなってしまいました。役人が現れたところの短三度の下降グリッサンド、金管までも小節線に向かって激しくディミヌエンドしていくのはいかがなものか。あと追いかけっこの中で、銅鑼のバシュというアクセントが特徴的でした。オーケストラ・ピースとしては結構面白く聴かせてくれます。

ゾルターン・ペスコ指揮
フェニーチェ劇場管弦楽団・合唱団
1998 年 7 月 2 日、ヴェネツィア [Mondo Musica] (32'50")

書くべきか迷ったのですが、持っているものは全部書く方針なので書きます。珍しい《役人》のライヴ録音。良く知らなかったんですが、フェニーチェ劇場はヴェネツィアの由緒正しい歌劇場。2 度火災で焼失しており、この録音当時も 2 年前の火災で劇場は使えなかったはず。指揮者のペスコは Arte nova に《弦チェレ》を録音してたりするので、バルトークは得意なのかも。会場ノイズというか舞台ノイズがかなり入っています。そして人工的なリバーブが強めの録音。20bit リマスターということでかなり奇麗にお化粧直ししてある感じです。お国柄か、音色は明るくていい感じ、個人の演奏能力も高いようですが、お国柄か、縦が全然揃わない(笑)。いや動き出せば大丈夫なのですが、休み明けや、曲想の変わり目で崩壊する。休みを数えたり、指揮者をちゃんと見たりが不得手なようです。セッション録音で、時間をそれなりにかければ、なかなか良い録音が出来るんじゃないかと思います。ちなみにカップリングの《かかし王子》は、《役人》ほど現代的なスコアじゃないせいか、もっと聴ける演奏をしています。

robertson_bartok.jpgデイヴィッド・ロバートソン指揮
リヨン国立管弦楽団
2001 年 10 月、オーディトリアム・ド・リヨン [harmonia mundi] (33'44")

マリン・オールソップ指揮
ボーンマス交響楽団・合唱団
2004 年 7 月、コンサートホール、ライトハウス、プーレ(イギリス) [Naxos] (32'52")

これも 2000 年版による演奏。オールソップというと雑な演奏をするという印象があるのですが、この《役人》は丁寧に仕上げてあります。丁寧すぎてか、実際に音程が低いのか、若干フラット気味に聴こえなくもない。録音もナローな感じだなと思いましたが、ボリュームを上げめにすると立体感が出て来てかなりいい感じになります。しかしこの位置じゃ、うるさ過ぎる所もあり。テンポ感にはメリハリがありますが、少々慌てているように聴こえなくもないところがちらほら。追補劇も一本調子にならず、ブロックを意識した作りになっており、感心します。しかしフガートの最初のチェロ・バスがなぜか 2 分音符 1 拍分多くなっており、おそらく編集ミスではないかと思います。後半の聞き所はやはり随所に追加された 30 小節ということになりますが、なかなか手堅くまとめてはいるものの、もうちょっと奇麗にはまるんじゃないかと思える部分もあり。違和感無く聴けるというレベルまではあと一歩。最後、役人が弱っていき血が流れる部分で、2 度目の編集ミス。音が 1 拍分足りません。これが新版だと思われなければ良いのですが。しかしまあ新版 2 枚目の CD としてはまずまず満足出来る内容だと思います。


組曲版
アルパド・ヨー指揮
ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団
1983 年頃 (P. 1984 以外の詳細不明) [SEFEL RECORDS] (18'07")

実は私がバルトークにはまる切っ掛けを作ったのが、ヨーの《オケコン》の CD でした。輝かしくシャープな切れ味の演奏で、それまで私が持っていたバルトークのイメージを一新してくれ、その面白みを伝えてくれました。この《役人》からも、その輝かしく切れ味の良い演奏が聴けます。この録音当時、ヨーは 35〜6 歳のはずで、若々しく溌剌とした演奏からも「期待の新星」然とした感じが伺えます。突っ走っている部分もあり結構危険な箇所も見受けられますが、それでもオケをコントロールしており、マイナスの印象は受けません。若々しい演奏、それが最大の魅力と思えます。カップリングの《コシュート》など、曲の弱点を感じさせない、今までの中で最高の演奏だと思います。録音も、やや人工的な感じはありますが、解像度が高く、明るく抜けの良い、音場感豊かな、オーディオファイル向けの録音と思います。SEFEL に行った一連の録音は他レーベルより復刻されていますが、肝心なバルトークがどこからも復刻されていません。早急な復刻を望みます。

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団・合唱団
1989 年 5 月〜 1990 年 2 月、オーケストラ・ホール、シカゴ [DECCA] (18'23")

アダム・フィッシャー指揮
ハンガリー国立交響楽団
1989 年 10 月 12-15 日、ハイドンザール、アイゼンシュタット、オーストリア [Brilliant] (21'32")

Nimbus 原盤。89 年録音にしては音が悪い。左右のバランスは左にかなり寄っていて、バランスつまみを右に持ってこないと落ち着いて聴けません。お風呂場録音のようなかぶりぎみな残響。伸びの足りない高音。しかし演奏は面白いです。かなり遅い演奏ですが、遅いというより粘りがあるという感じで、チェリビダッケがやるとこうなるかもという風情。弟のイヴァンと違い芸も細かく (わざとらしいですが)、この曲に対する思い入れをねちっこく音に変換しています。かなり独特な解釈で、特に追いかけっこの 2 拍子のリズムが始まるところで銅鑼がドシャーン・ドシャーン・ドシャーンとやけくそ ff の 3 連発。これにはぶっ飛びました。ローエングリンの決闘シーンみたい。その直前のトロンボーンの掛け合いも、1 本はストレートミュート、もう 1 本はカップミュートじゃないかと思えるほど音色が違っていて、ここまで違うなんてわざとじゃないかと思ってしまう。オケの実力は低くないと思いますので、良い録音でもう一度聴いてみたいです。

関連記事を検索: オールソップ シャイー シュワルツ ショルティ スラトキン デュトワ ドホナーニ ドラティ ナガノ バルトーク ブーレーズ ヤルヴィ ラトル 中国の不思議な役人 小沢

2009年6月13日 13:43

この記事はどうでしたか? Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.1) 投票人数:(84)

ソーシャルブックマーク:

« 《青ひげ公の城》の英訳について | カバーページ | 《かかし王子》新版の状況とカットの行方 »

トラックバック

CAPTCHA
トラックバックスパム防止のため、末尾の XXXXXXXXX 部分を上記画像の数字に置き換えてからご利用ください。お手数ですがご協力よろしくお願いいたします。

トラックバックが反映するまで時間がかかるかもしれませんし、エラーが出ても受け取れているかもしれません。重複トラックバックはこちらで削除しますので、特にコメントは不要です。

コメント(0)

コメントがありましたらどうぞ

メールアドレス・URL は必須ではありません。
コメントは管理者が承認してからページに反映されます。 もしページへの表示を望まない場合は、その旨一筆添えて下さい。削除は管理者へ依頼して下さい。