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《青ひげ公の城》の英訳について
Bartók Records にあるコンテンツ「《青ひげ公の城》の英訳について」Bluebeard's Castle, English translation をペーテル・バルトーク氏の許可のもと、翻訳いたしました。 日本語圏の我々が英語訳詞に接する機会はほとんど無く、あまり意味の無いことかもしれませんが、詩人によるプロローグ(前口上) がいかに物語に重要なのか、今までのスコアの英訳はいかに杜撰だったのかを知る手がかりとなり、さらにゲルギエフの《青ひげ公の城》がこのペーテル訳のプロローグを使っているという事で、その意味を考える良い機会ではないかと思い翻訳しました。
なお、私は翻訳のプロではありませんし、詩として味わうより、意図の理解を優先しましたので、あまり流暢な訳になっていないかもしれません。旧英訳にあった古英語の言い回しもいまいちです。誤訳の可能性もあります。その点はご了承下さい。
《青ひげ公の城》の英訳について
2007 年に刊行された《青ひげ公の城》改訂版は、2007 年以前より刊行されていたものとは異なっている。音楽的には些細な違いではあるが、それは 5 年にも及ぶ調査研究の結果であり、以前の版にあった誤りは人知の尽くす限り直せるだけ直した。改訂は音楽および歌詞の双方に及んでおり、それぞれ異なる問題を抱えていた。すべての手稿譜は何らかの点で異なっており、間違いを同定する作業は困難を極めた。にもかかわらず最終的な結論はベーラ・バルトークの書いたものに基づいている。紛らわしい点をどう解決したかは、巻末のノートに取り上げてある。歌詞に関わる問題はまた違った様相を呈しているので、ここで論議することにする。
I. 歴史このオペラの手稿譜には、オリジナルのハンガリー語と同じようにドイツ語訳も記載されている。ドイツ語訳の方はウィルヘルム・ツィーグラーが作成した。彼は後のバルトーク夫人となるマールタ・ツィーグラーの親戚と思われる。この作品の最初の出版は 1921 年ユニバーサルよりボーカルスコアが出ており、上記のハンガリー語とドイツ語 2 つのテキストが収められた。フルスコアは 1925 年のコピーライトがあり、限定版として印刷された。
ポケットスコアは 1963 年に出版された。そこには「改訂」されたドイツ語テキストと、ハンガリー語の代わりに英訳が含まれた。新しい英語テキストは、オリジナルのハンガリー語のテキストから意味上の少なからぬ逸脱がある。詳細は後ほど論議するが、もっとも大きな逸脱は詩人によるプロローグに見られるものだ。オリジナル詞の 28 行 (五連詩で最後のものは拡張される) に対し、翻訳は 40 行に拡大されている (節で区切られていない)。一致させるように、改訂されたドイツ語詞も 40 行になっている。詩人によるプロローグは、オリジナルの状態でならオペラの根源的な部分を表す欠くべからざるパートとなるが、改変されたテキストにはオリジナルの持つ効果はもはやない。何が原因で出版社がこのような改変を行ったか、また何の権限のもとに行ったのかは判っておらず、これは受け入れ難いことである。
以上の理由のため、現在の 2007 年版では英訳を作り替えた。それは詩人によるプロローグだけでなく、数多くの間違いや不適当な表現のため、オペラの残りの部分全体に及ぶ。この後に記すものは、説明を求める数多くの問い合わせに対する回答である。
II クリストファー・ハッサルによる英訳
歌唱テキスト部分
プロローグはその大部分を作り替える必要があるのに対し、歌唱部分はいくつかの間違いを正せば残しておくことは可能であった。とは言っても、全てのテキストを書き換え、オリジナルのハンガリー語のテキストやそのスタイルに近く、うまく言い表せていると思える表現へと置き換える絶好の機会であり、これをしない手は無いと思われた。だがいくつかのセンテンスやフレーズや語はハッサルが充てたものをそのまま残している。例えばハンガリー語の "Kékszakállú" は "Bluebeard" という以外の訳語を見つけるのはとても難しい。
一般的に、シェークスピア風の英語 (汝、そなたの影を恐れるべし) は採用しなかった。オリジナルのテキストには古風なスタイルを要求しているような箇所は認められない。使われているハンガリー語は徹底して現代的であり、英訳された導入部はわざとらしく、妥当なものに見えない。翻訳の目的は、歌唱歌詞を判りやすくすることである。これは二人の人間の会話なのであって、オリジナルのハンガリー語がまさにそうであるように、観客が付いて来れるようにするべきである。
作者がテキストの中でフレーズを何度か繰り返している箇所は、新訳の中にも残してある。当然の事ではあろうが、バラーシュがフレーズを何度か繰り返すときは、趣旨が似ている別の言葉を見つけ出す能力が劣っていた訳ではなく、故意に繰り返しを用いて強い印象を植え付けようとしたのである。オリジナル・テキストにある退場のシーンの導入部は、このような繰り返しの効果を避けるように意図されている。ゆえに、ここでの使用は避けられている。
いくつかの部分では、ハッサルによる英語テキストはハンガリー語と対応する言葉を用いておらず、正しくない。例は追って示す。
旋律のリズムは、元の旋律と言葉のキャラクターが異なる場合、言葉と合うように修正するのが相応しい。しかし、もしリズム的にマッチする言葉が見つかったなら、わざわざオリジナルのリズムを変更する必要性は見当たらないであろう。同様に、リズム的な修正によってテキストが適切でシンプルなものになったり、さもなければ、オーケストラとの衝突が避けられるのなら、それは望ましいことであろう。不必要な語を加えたり、音節を付け加えたりすることは、可能な限り避けた。
テキストを寸断したり、アクセントの無い言葉の連続が音楽上の強拍に来る事に対し、ベーラ・バルトークが異議を唱えていたことを我々は認識している。それを裏付ける実例はオリジナルのハンガリー語には発見出来るが、英訳ではそういった事はどこかに忘れ去られてしまっていた。
次に示す例は、上記の問題点を説明するためのものであり、新版においてハッサル氏の翻訳を批判し修正した部分の完全なリストという訳ではない。示してある数字は、スコアの練習番号と小節数である。
[2]+5: オリジナルのハンガリー語では "Megérkeztünk" (We have arrived さあ着いたぞ)。テキストは 4 音節よりなっているが、この部分のリズムとぶつからないように修正することは可能。ハッサルの翻訳は "Here we are now" だが、4 音節を残す目的の "now" の付加は不要。
[2]+7: "Ime lássad: ez a | Kékszakállú vára." (See here, this is | Bluebeard's castle. 見たまえ、これが|青ひげの城だ)。ハッサルの翻訳は "Now at last you see be - | fore you Bluebeard's Castle" "at last"(ついに) という言葉は不要。"before" は見ての通り分割されており、"-fore" は 6 音節のかたまりの最初の音にこぼれている。これは望ましくないし、避ける事は可能。
[2]+13: "Judit, jössz-e még utánam?" (Judith, are you still following me? ユディット、まだ私に付いてくるか?) 。ハッサルは "Judith, answer: are you coming?" (ユディット、答えろ。来ているのか?) としている。2 音節使っている "answer" は必要ない。"are you coming" という質問は "still" の意味合いが抜け落ちている。ユディットは青ひげに続いて城に入ろうと動き出したところで、そのまま続けるのかと問われている。
[4]+6: "Megállsz, Judit? Mennél vissza?" (You stopped, Judith. Would you rather return? 止まったね、ユディット。帰りたいんじゃないのか?)。ハッサルのテキストは "Dearest Judith, are you frightened?" (最愛のユディット、おびえているのか?) これは的外れだ。バラージュによれば、青ひげはユディットに自分が立ち止まっていること、ためらっていることを知らせて、家へ帰る方を選ぶかどうか尋ねている。ユディットがおびえていることは疑問の余地は無く、それはやがて明らかにされる。ユディットが立ち止まったこと、それと家へ帰るという選択をするかという質問、これらはハッサルの翻訳には反映されていない。
[11]+9: "Úgy-e Judit jobb volna most völegényed kastélyában..." (Would it not be better now, Judith, to be in the mansion of your betrothed... あまり快適ではないだろう、ユディット、婚約者の邸宅にいる方が...) ここで青ひげはこう提案している。ユディットはもっと快適で大きな田舎の家 (別の城ではなく) に婚約者とともに住み、青ひげの世話などやめた方が良いと。ハッサルは婚約者を彼女の父に置き換え、まるでそれがとても重要であるかのように、父の城が陽気な場所だということに触れている。バラージュのテキストには、ユディットと結婚しようと城で待っている男は出て来ない。
[12]: "Ne bánts, ne bánts, Kékszakállú!" (Do not hurt me, Bluebeard. 私を苦しめないで、青ひげよ) ユディットは僅かに腹を立て、青ひげに苦しめないでくれと尋ねる。ハッサルの "Never, dearest Bluebeard" (とんでもない、最愛の青ひげ) は明らかに不適当とは言えないものの、ポイントを外しいている。バラージュによると、ユディットは彼女のもとの婚約者が青ひげより良くないということを言っているのではなく、ただ青ひげに感情的な苦しみを与えないで欲しいと請うているのである。
[13]+8: "Milyen sötét a te várad! Milyen sötét a te várad! Milyen sötét." (Your castle is so dark! Your castle is so dark! So dark. あなたの城はなんて暗いの! あなたの城はなんて暗いの! なんて暗いの!) 効果をあげるため繰り返しを意図的に使っていることは明らかで、バラージュが他に言うべき事を考えられないという訳ではない。ハッサルはこれを無視し、"Ev'rything is veiled in twilight. I can hardly see your castle. All is darkness." (全ては薄明かりに包まれている。あなたの城はほとんど見えない。全て暗闇の中。) としている。
[29]+8: "Én akarom kinyitni, én!" (I want to open it, I! 私は開けたいの、私は! ) 最初の閉ざされた扉に近づいたとき、ユディットは自分が扉を開ける人物なのだということを迫る(「私は」を繰り返す事で)。ハッサルのテキストでは "Bluebeard, let me open it now" (青ひげよ、開けさせて、今) と、誰が開けるかより、いつ開けるかという方に重点がかかっている。
[32]-1: "Mit látsz?" (What do you see? 何が見える?) 最初の扉が開き、拷問の道具が現れる。ユディットが驚愕の面持ちで見ている間、青ひげは彼女が見たものは何なのか言わせようとする。ハッサルの翻訳の "What seest thou?" (汝、何を見もうした) は妥当でない。不必要に時代遅れの言い回しを用い、音節を 2 から 3 に増やして合わせるよりも、2 音節の疑問形 "What's there?" の方が簡潔に思える。
[36]-1: "Félsz-e?" (Are you scared? 怖いのか?) 上記の状況と同様である。音節が増えない "Frightened?" の方が、ハッサルの "Art thou afraid?" (汝は怖かろう?) よりも理にかなっていると思う。
[85]+3: "Nem akarom, | hogy elöttem | Csukott ajtó- | id legyenek" (I do not wish | that you should have | Any closed doors | before me! 私は望まない | あなたがまだ持っている事を | まだ開かない扉を | 私の前に) ユディットはまるで聞き分けのない子供のように怒りを露にし、まだ開いてない扉全てを開けるように要求する。これは 4 音節の 4 つのフレーズによる。ハッサルのテキストでは、アクセントのない音節に強拍があてられているところが 2 カ所ある "Two more doors. Not | one of your great | doors must stay shut | fast against me." この問題は回避できる。
[108]+2: "Mondd meg nekem, hogy szeretted? Szebb volt mint én? más volt mint én? Mondd el nekem, Kékszakállú." (Tell me, how you loved her? Was she prettier than I? Was she different from me? Tell me, Bluebeard. 教えて、どうして彼女を愛したの? 私より可愛かったの? 私とは違っていた? 教えて、青ひげ) 青ひげの以前の妻についての詮索である。最初のセンテンスはイントロダクションであり、むしろ重要なのは青ひげがいかにして以前の女を愛したか、その単刀直入な質問の方である。続く 2 つの質問で、ユディットは昔の彼女と比べでどうなのか問うている。もっと可愛かったか、私とは違っていたのか。青ひげの愛情の深さを比べているのではない。ハッサルの翻訳 (どういう風に彼女を愛したか教えて? 彼女は魅力的だった? 私よりもっともっと彼女を愛していたの、私の青ひげ!) は愛情の深さを強調している (この要素はバラージュのテキストには無い)。そして繰り返される懇願 (教えて、青ひげ) は省略されている。これはいかにユディットが答えを得たいと願っているかを表すために必要なものだ。
これらは一例であって、この点だけが問題であるということではない。詩人によるプロローグの論議を後回しにしておいたのは、翻訳されたものの中で最も異論のある部分だからである。プロローグはこのオペラの重要な部分のひとつで、象徴的なメッセージを理解するための手がかりを含んでいる。オリジナル・テキスト (ハッサルの翻訳ではなく) は、これは伝説ではあるが、現在の我々の人生や他者との関わりを物語の枠組みとしていると説明している。オリジナル・テキストが省略されたり、ハッサルのような翻訳に置き換えられたりしたなら、このオペラが妻殺しの男の物語と考えられるのも仕方が無い。
プロローグの問題点を一節ごとに取り上げて行こう。
(ハンガリー語、英語直訳、それの日本語訳、ハッサルの英語の日本語訳)
| 1. |
Haj regö rejtem Hová, hová rejtsem Hol volt, hol nem: Kint-e vagy bent? Régi rege, haj mit jelent, Urak, asszonyságok? |
My riddle, Where should I hide it? Once upon a time: Outside or in? Old fable, what does it mean, Gentlemen and ladies? | |
私の知っている不思議な話、 どこに隠しておけば良いでしょう? 昔々あるところ、 外側なのかそれとも内側か? むかし話、さてその意味は? 紳士淑女の諸君。 |
昔々あるところ... 心配しなくて良いほどの昔。 だがその場所は、それはどこに? ここか? それともそっちか? そりゃ、まったく別の伝説、 話せもするし、 忘れてもいる。 ああ、でも、お優しい方々、 あなた方の中の誰かが、 どういう意味かと問うことだろう。 ああ悲しいかな、 とても一言では言い表せない - ため息のこだまのこだまなのだ。 |
最初の 2 行は、このストーリーには謎めいた話が隠れていることを我々に示している。どうやらハッサルは取り違えている。3 行目はおとぎ話の伝統的な始め方「昔々あるところに」という意味であるが、ハッサルのテキストではもっと早くに現れている。ハンガリーで「昔々あるところに」という "hol volt, hol nem volt" (どこだったか、どこでなかったのか?) は、バラージュに次の言葉を付け加える機会を与える "Kint-e, vagy bent?" (外側なのか、それとも内側か?)。これは重要なヒントとなりうる。ハッサルの言う "だがその場所は、それはどこに? ここか? それともそっちか?" はポイントを外している。作者は地理的な場所について話しているのではなく、[我々の存在の] 外側なのか内側なのかについて言っている。節はここで終わりとなるが、ハッサルはバラージュの寓話あるいは伝説を意味する修辞的な質問にさらに磨きをかけ、彼の答えを用意し、こう続ける「ため息のこだまのこだまなのだ」。これで何を伝えようとしたのか、我々の理解を超えているが、確かなのはバラージュはこのような事は書かなかったということだ。
| 2. |
Ím szólal az ének, Ti néztek, én nézlek. Szemünk pillás függönye fent: Hol a színpad: kint-e, vagy bent? Urak, asszonyságok? |
The song goes on,
You look at me, I look at you. The curtain of our eyelids is raised: Where is the stage, outside or in, Gentlemen and ladies? | |
歌は続く、 あなたは私を見、私はあなたを見る。 我々の瞼というカーテンは開かれた、 舞台はどこだ、外側なのかそれとも内側か? 紳士淑女の諸君。 |
あなたは、ここに立っている私が見える、 そして私もあなたが見える。 あなたの瞼のカーテンは、 完全に開かれた。 だが舞台はどこだ? 我々の中なのか、それとも外なのか? 私の方か? あなたの方か? おお、友よ、 なぜ終わりのない疑問を 始めようというのか? |
最初の 6 行については、ハッサルの翻訳は原文をなぞっている。しかしさらなる 4 行で、舞台の物理的な場所について検討したりして話を混乱させ、仕舞にはわき上がってくる疑問について不平をこぼしている。
| 3. |
Keserves és boldog Nevezetes dolgok Az világ kind haddal tele, De nem abba halunk bele, Urak, asszonyságok. |
Bitter and happy
Remarkable events The world outside is full of armies But that is not what causes our death, Gentlemen and ladies. | |
辛いこと、楽しいこと 記憶に刻み込まれる出来事 外側の世界は争いごとばかり だがそれは我々が死ぬ原因ではない、 紳士淑女の諸君。 |
人生とは奇妙な継ぎはぎ細工 それは死と楽しみ、 くだらないものと威厳よりなる。 そして人であふれている世界は 戦争によりずたずたに引き裂かれる。 でも、お優しい方々、 それで我々が死ぬわけでは、 ない、まったくない! しかして、我々は何で死ぬのか? 答えはため息のこだまにある。 |
ここでまた、最初のうち ハッサルの翻訳は、多くの語を費やしているが、ある程度バラージュに従ってはいる。しかし最後の 2 行で、彼自身の答えを出している。バラージュは戦争の話題を展開したままにし、我々の生活は何かもっと他の深刻な事に脅かされているとしている。だが ハッサルは「ため息のこだま」という自身の考えをまた持ち込む。これは我々を煙に巻こうということにしか役に立たず、バラージュの詩にも見つける事が出来ない。
| 4. |
Nézzük egymást, nézzük, Regénket regéljük. Ki tudhatja honnan hozzuk? Hallgatjuk és csodálkozzuk, Urak, asszonyságok. |
We look at each other,
We tell our tales. Who knows, where we brought them from? We listen and are amazed. Gentlemen and ladies. | |
お互いを見つめ合い、 我々は我々の物語を語って聞かせよう。 我々がどこからそれをもたらしたか、 誰が知ろうものか? 耳を傾けて、そして驚かされる。 紳士淑女の諸君。 |
みんなで暖炉のそばに座り、 物語を話し合おう。 どこで生まれたものか誰が知ろうか? 誰が知ろうか? 誰が知ろうか? 耳を傾け、驚き、 そして泣く - いつ? どこで? ... そしてため息のこだまを聞く。 |
バラージュの作った最初の 2 行は判りやすい。我々はお互い顔を見合わせて、お互いに彼/彼女の物語を、人生の物語を語って聞かせよう。ハッサルはこれを変え、みんなでお話を聞かせ合って楽しもうという言う風に聞こえる。「物語」とは我々の人生のストーリーなのだという点を取り違えている。そして再び ハッサルは「ため息のこだまを聞く」と彼自身のさらなる思いつきを展開し強調する。
| 5. |
Zene szól, a láng ég, Kezdödjön a játék. Szemem pillás függönye fent. Tapsoljatok majd ha lement, Urak, a sszonyságok. Régi vár, régi már Az mese, ki róla jár, Tik is hallgassátok. |
The music sounds, the flame is lit,
Let the play begin. The curtain of my eyelids is raised, Do applaud, when it drops down, Gentlemen and ladies. Old castle, old is The story about it, You, too, should listen to it. | |
音楽が鳴り、炎は輝く、 さあ劇が始まる。 私の瞼のカーテンは開けられた、 幕が下りたときには、どうか拍手を、 紳士淑女の諸君。 古い城、とても古い、 それにまつわるお話、 さあ、耳を傾けて下さい。 |
音楽が始まり、 炎はどんどん明るくなる。 さあ劇が始まる! 我々の瞼のカーテンは 完全に開けられた。 そしてそれが降りたときは、旦那様、 拍手を頂戴下さいまし。 これは古い城の、 古い古い物語。 なんじ聞きなされ、最初から最後まで。 なんじ聞きなされ。 |
この節は、基本的にバラージュの書いている事を伝えている。
全体的な詩の訳文は、余計な言葉を数多く使ったことで傷つき、いくつかの部分は間違っており、非常に簡潔に述べているバラージュの原文を損なっている。「ため息のこだま」という導入は、どうやら翻訳者の頭にこびりついて離れないようだが、このあと続くことになるオペラの理解にとって、とても重要となる見解を伝えようと慎重に書かれた原文の論旨を、見当違いの方向へ逸らそうということにしか役立たない。
詩と歌詞の新訳については、双方とも問題の解決に努めた。この仕事に対し責務を負うていた間は、英文を何人かの人に検討してもらっており、プロローグに関しては詩人にも見てもらった。プライベート・コンサートを催し、招待客の前で演奏し録音もした。この試演により、いくつかの細かい部分を修正した。ユニバーサル・エディションとブージー&ホークスは作品の完全なゼロックス・コピーを受け取り、両出版社の提案にも従った。ハンガリー語と英語付きの新しいスコアは、ユタ州ソルトレークシティーで 2006 年 4 月 28, 29 日に演奏された。英訳付きの改訂版スタディ・スコアは刷り上がり、2007 年 8 月より一般に入手できるようになっており、同じくヴォーカルスコアも 2008 年 6 月にお目見えした。指揮者用スコアとオーケストラ用パート譜は、アメリカ合衆国内ではブージー&ホークスが、その国以外はユニバーサル・エディションがレンタルしている。
ペーテル・バルトーク
2008 年 8 月、ホモサッサ、フロリダ
2009年6月 4日 19:24
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バルトーク 『青ひげ公の城』日本語対訳が完成しました。
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