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ペーテル・バルトーク『My Father』(書籍)

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Peter Bartók
My Father

published by Bartók Records
ISBN: 09641961-2-3

楽譜ではなく書籍 (洋書) ですが、今回はベーラ・バルトークの次男、ペーテル・バルトーク氏が書いた伝記『My Father』を紹介します。

ペーテルさん (済みません。いろいろあって "さん" 付けにさせてもらいます) は、バルトーク 2 番目の奥さんディッタとの間に、1924 年に生まれました (現在 83 歳ですな)。長男ベーラは、バルトーク亡命の際にハンガリーに残りましたが、ペーテルさんは 1 年ほど遅れてアメリカへ渡り、現在もアメリカ (フロリダ) に住んでおります。バルトーク・レコードという会社を興し、バルトークの作品を中心に録音活動を行っていました。カッティングなども自分で行い (確か機械も自分で組んだとか)、その音質は高い評判を得ていたようですが、ステレオの台頭と共に録音活動に見切りを付け (馴染めなかったんでしょうか)、最近は父の作品の校訂作業に尽力しておられます。

そのペーテルさんが、父バルトークと過ごした半生 (といっても短い期間ですが) を綴ったのがこの『My Father』です。その書き出しには、こんなエピソードがあります。《中国の不思議な役人》のアメリカ初演時のこと、客席に陣取っていたペーテルさんの後ろから、こんな声が聞こえてきました。「バルトークはハンガリーの作曲者で、この国へやってきて餓死したんだ」。もちろんバルトークの死因は白血病です。他にも父バルトークが人々にかなり誤解されており、さらにどの様な父だったか一言で説明を求められたり、そんな状況に閉口していたようです。その説明を試みたのが、この書籍であります。

全 8 章で、「幼い頃」「住まい」「ブダペスト 1932-1940」「山」「アメリカ」「民俗音楽」「作品について」「どのような人物か」となっており、かなりの数の書簡が巻末に付いています。全部で 330 ページの大著。アガサ・ファセットの『バルトーク晩年の悲劇』のような、重い内容の本とは違い、父がどんな人物だったのか、丁寧にエピソードを積み重ね、バルトークのユーモラスな点もふんだんに出てきて、読んでいて楽しい本です。そしてバルトークのその人に魅了されていきます。英語も概ね分かりやすく、読みやすいです。

残念なことにペーテルさんはお父さんと音楽の話はあまりしなかったようで、バルトークが自作をどう語ったかなど、そっちの方を期待しているひとには物足りないでしょう (バルトークにとって音楽は、"語るもの" ではなかったそうです)。それでもショスタコーヴィチの第 7 交響曲の話題や、音楽にまつわるその他の話 (一緒に『ファンタジア』を見に行ったときの反応) など、興味深い話題が随所に出てきます。

ペーテルさんはストイックな方で、とにかく自分が見たり聞いたり、直接体験したことしか書きません。他の人から聞いた話を書く場合には、その出典を明らかにしています。なので曖昧さや、作りものっぽさがありません。父との想い出に、感傷的な脚色がされているともまったく思えません。かといってつまらない内容にはならず、つまりバルトークという人を生のまま提示するだけで、めっぽう面白くて興味深いドキュメンタリーになっているのです。そして、父の人間性に真摯に向き合い、それを確実に伝えようとするペーテルさんの態度に心を打たれ、父への揺るぎない信頼感に、ある種の感動を覚えるほどなのです。

この本は、(洋書を扱う) 一般の書店では、まずお目にかかれないと思います。Bartók Records より購入するのが一番です。
http://www.bartokrecords.com/
Bartók Records では、他にもペーテルさんの録音した貴重な音源や、ヴィオラ協奏曲のファクシミリなどが購入できます。是非とも買ってあげて下さい。というのも、ペーテルさんの現在の主な収入は、父の作品からの印税収入とのことですが (確か、兄ベーラの遺族はヨーロッパでの演奏会の分を、ペーテルさんはアメリカなどの分となっていたはず)、ここ数年、印税の横取りがされるようになったとのこと。弁護士を雇ってみたがなんの解決も出来ず、そっちの対応に多くの時間を取られるようになっているそうです。もし印税収入が絶たれると、作品の改訂作業も続けることができない。そうなれば、間違いを含む従来の出版譜を正す機会が永遠に閉ざされるかもしれない。作曲者に対する出版社の不誠実のため、従来の楽譜には多くの間違いがそのまま残っているのです。ペーテルさんは父の最終的な意思を十分反映した版を作り上げようと努力しています。但しその作業もバルトークの著作権収入があるうちに終えないと経済的に難しくなる。そこで、Bartók Records で買い物をして、少しでも応援出来ればと考えております。興味のある方はよろしくお願いします。

また『My Father』は現在翻訳作業中です。私のバルトーク研究の盟友である村上氏が、一昨年夏にフロリダのペーテル・バルトークさんのところを訪ね、再三にわたる交渉の上、翻訳権を獲得して参りました。私はその翻訳のお手伝いをしています (上記ペーテルさんの窮状も村上さんより伺ったものです)。お互い本業は別にあるので、なかなか作業は進みませんが、もう少しで全体の粗訳が出来上がる状態。自然科学から政治情勢まで内容が多岐にわたっているので、事項確認に手間取りそうですが、今年中には訳了したいと考えております。まだ出版社とか全然探していませんので、その点でも先は長いと思っています。もしそちらの関係の方がいらっしゃいましたら、お声を掛けて頂けるとありがたいです。日本語版出版も、ペーテルさんへの応援の一助となればと考えています。

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2008年3月 6日 12:04

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コメント(1)

渡辺様

ご苦労様です

>もし印税収入が絶たれると、作品の改訂作業も続けることができない。そうなれば、間違いを含む従来の出版譜を正す機会が永遠に閉ざされるかもしれない。

これは、ゆゆしき問題ですね

演奏家と作曲家の違いはありますが、たとえばグレン・グールドの場合、書簡、日記に代わるノート類、その他、彼が残した様々な物品は、オタワのカナダ国立図書館が管理保管していると言うことです(「ザ・グレン・グールド・コレクション」)。また、彼の遺産を管理する「グレン・グールド・エステイト」という法人も存在するようです。

バルトークの場合も本来なら、国または、しかるべき法人が、彼の自筆スコアをはじめとするあらゆる遺産、ドキュメントを保存管理すべきでしょう。私人が保存するというのは、紛失、消失の危険があってよくないと思います。

米国、あるいは米国の音楽家や研究者たちは、バルトークの遺産を大事にしていないようですね。専門家でない私人が、彼の遺産を正しい形で世に残す仕事をしなければならないというのは、理解できない状態であると同時に情けないと思います。バルトークという作曲家は米国では、過小評価どころか忘れ去られているということでしょうか。

投稿者 三浦侯史郎 : 2008年3月24日 12:30

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