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ティルソン・トーマス/PMFO のマーラー 5 番を聴きました
今更の記事ですが、5/29 日、サントリーホールへティルソン・トーマス (MTT) /PMF オーケストラの東京公演を聴きに行ってきました。 PMF とは何かとか、PMF と MTT との関わりはとかの基本情報はすっ飛ばして、サクッと当日の感想を書きたいと思います。
まず最初のプログラムは MTT 自作のシンフォニック・ブラスのための《ストリート・ソング》。これはエンパイア・ブラスのために作曲した金管 5 重奏曲を、12 金管楽器 (4+3+3+1+コルネット 1) に書き直した曲です。最近 MTT は良くこの曲を取り上げており、SFS や CSO でも演奏していました。コープランド風の和声が聴こえるコラールが特徴的で、トワイライトな雰囲気が支配的なライトな曲想。しかし技術的にはかなり難しいと思う。
PMFO はバランスの良いなかなか見事な演奏をしておりました。ブリッジ的な部分も綺麗に繋がっており、きわどい和声も見事に合わせていました。シカゴ響ですらうなりが出ていたというのに。私は P 席 (ステージ後ろのトロンボーンの後方) にいたので、MTT のキューもよく判り、作品の勘所への理解も深まり、ちゃんと PMFO の金管奏者はそれに応えているのが手に取るように判りました。まあ、あの席では間接音を聴く訳で、若干あまい評価になっているのかもしれませんが。まあ、あれだけ見事に楽器を吹けると楽しいんだろうなぁといういうのが、率直な感想です。
さて、メインのマーラーの第 5 交響曲ですが、SFS と同じくヴァイオリン対向配置です。オケは 18 型。圧巻。ホルンの後方には、これまた SFS と同じく透明な板が (反射板? 金管同士の干渉を避ける?)。今はこういうのを使うのが一般的なのでしょうか。それとも MTT の指示でわざわざ入れた?
まずしょっぱなのトランペット・ソロからなめらかで見事。札幌公演や大阪公演の評判を知っていましたが、噂に違わぬ名手でした。ホルンのトップも凄すぎる。大きく音を外した場面もありましたが、そんな傷を凌駕するほどの演奏能力を示してあまりあるパフォーマンスを披露してくれました。ホルンついでに書いておくと、第 3 楽章にあるホルン 4 本が一人づつ畳み掛けるように吹く F も、音質音量吹き方ともにパーフェクトで、これだけ揃った演奏は初めて聴きました。
MTT も即席オケだから学生オケだからといった遠慮は無しで、自分のマーラーをあくまでも真剣にぶつけてきます。手兵の SFS でも、首席奏者を呼び出し個別のリハーサルをする MTT です、PMF でもきっと同様なレッスンを行って、自分の音楽を徹底的に求めたのではないでしょうか。短い練習期間だったでしょうが、彼の事ですからきっと妥協のない密度の濃いレッスンを行ったことと想像します。今年の参加者は良い経験が出来たのではないかと思います。
演奏内容からもその想像が裏付けられます。MTT のマーラーはかなり細かいところまで練り込まれていて、相当練習しないとついて行けなさそうに思えるのですが、オケはちゃんと反応し付いて行っているのです。しっかりと MTT のマーラーになっていましたし、そもそもこれほど充実した演奏は、プロオケからでも滅多に聴かれないだろうと確信できました。付いていくオケも凄いですが、MTT もとにかく手を抜かないんだなと、呆れるほど感心しました。
金管は P 席で聴いていてさえ鳴らしすぎの感はありましたが、豪快で良いです。この点はエレガントな SFS との大きな違いか。木管はそもそも見せ場が少なく可哀想ではありました。弦は私の席へはかなり良く音が届いており、また弦楽アンサンブルの見せ場には MTT と奏者が綿密なコンタクトを取り合って、細かなアゴーギクを丁寧に処理しておりました。ヴァイオリンなど、とてもまとまった音がしており、奏者の頭上に音像が結実することもしばしば。よくぞここまでと思いました。
しかし第 3 楽章を聴いていてふと思ったのですが、全体的なまとまりは MTT が作り出していたもので、指揮者が熱中して振っていれば問題がないのですが (って MTT はバーンスタインのような情熱的な指揮はせず、あくまでも丹念にキューを出しているという風情なのですが)、オケに曲を預けたような部分で、途端に演奏が機械的に聴こえたように思えた部分もあり。こういう時は本来ならコンマスの存在感で曲が進むんでしょうが、それがうまく機能しない点が PMFO の限界点なんだなと思えたわけです。コンマスは自分のパートを弾くのに一生懸命で、せいぜい第一ヴァイオリンをまとめるのが精一杯。第二の指揮者としての役割は担えてないように見受けられました。私は第 4 楽章でハープの音程が低いのが気になったとき、こういうことをぼんやり考え始め、第 5 楽章では、はっきりと醒めた頭で、確かめておりました。まあこれはアンサンブルがどうのとかの次元を超えた話で、オケが歳月をかけて培うものです。逆に言うとそこまでのレベルにまでこの短期間でオケが仕上がったという凄さと、指導者によって演奏内容が大きく左右されてしまいそうな危うさが同居しているということ、つまりこのクラスの奏者を集めても指導者の善し悪しで全てが決まってしまうということを意味するのでしょう。
ちょっとした隙間は見えてしまいましたが、やっぱり MTT は凄かった。現在最高のマーラー指揮者であり、かつ指導者でした。家に帰ってから SFS との CD を聴き返しましたが、完成度こそ SFS に適わないものの、そこに求めているものはまったく一緒でした。最高のものを要求し、そして実際に引き出してしまう。ともかく一期一会の良い演奏が聴けました。
演奏終了後、演奏者が互いに抱き合い健闘を称えあっている姿が印象的でした。聴いている方は出来て当たり前という風にとらえてしまいますが、演奏する方はどんなに優しいパッセージでも常に失敗と紙一重の中、闘っている訳です。その緊張感からの解放と達成感が痛いほど伝わって来ました。そして演奏者がステージから消えた後も拍手は止まらず、既に着替えてしまっている MTT を再び舞台に呼び出しました。その暖かい拍手は「今度は SFS と来て〜」という嘆願だったと私はとらえています。MTT/SFS は日本のクラシック界のメインストリームからはあまり相手にされてないように思えますが、今回の MTT の来日を機に、彼らの活動が正しく認識され評価されることを願ってやみません。
2009年8月 3日 22:49
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